機械材料の基礎:黒鉛

機械材料

黒鉛は、ダイヤモンドと同じく炭素原子のみから構成される同素体の一つであり、石墨あるいはグラファイトとも呼ばれます。漆黒の光沢を持ち、金属のような導電性と熱伝導性を示しながら、同時に潤滑性や耐熱性、耐薬品性といったセラミックス的な特性も併せ持つ、極めて特異な物質です。

鉛筆の芯から、リチウムイオン二次電池の負極材、製鉄用の巨大な電極、そして半導体製造装置の部材に至るまで、黒鉛は現代産業の基盤を支える不可欠なマテリアルです。その性能は、炭素原子が織りなす微細な結晶構造と、それを制御する製造プロセスによって決定づけられます。


結晶構造と異方性の物理

黒鉛の特性を理解する上で最も重要な鍵は、その層状の結晶構造にあります。ダイヤモンドが炭素原子同士が三次元的に強固な共有結合で結ばれた正四面体構造を持つのに対し、黒鉛は二次元的な平面構造の積層体です。

六角網面構造と結合様式

黒鉛の各層では、炭素原子が亀の甲羅のような六角形の網目状に並んでいます。これをグラフェンシートと呼びます。この面内において、炭素原子はsp2混成軌道による強い共有結合で結ばれており、極めて高い結合エネルギーを持っています。 一方で、層と層の間は、ファンデルワールス力という非常に弱い力で引き合っているに過ぎません。この「面内は強く、面間は弱い」という極端な構造的差異が、黒鉛の物性に著しい異方性をもたらします。

電気伝導性とへき開性

炭素原子は4つの価電子を持っていますが、黒鉛の面内結合に使われるのはそのうちの3つです。残る1つの電子は、π電子として層内を自由に動き回ることができます。この自由電子のような振る舞いをするπ電子の存在により、黒鉛は面方向に沿って金属並みの高い電気伝導性と熱伝導性を示します。 対して、層間の結合力は弱いため、層同士は容易に滑り、剥がれる性質を持っています。これをへき開性と呼びます。鉛筆が紙に字を書けるのも、潤滑剤として機能するのも、この層間が滑って剥がれる現象を利用したものです。


天然黒鉛と人造黒鉛の分類

産業用に使用される黒鉛は、鉱山から採掘される天然黒鉛と、人工的に合成される人造黒鉛の二つに大別され、それぞれ異なる用途に適した特性を持っています。

天然黒鉛

天然黒鉛は、産出形状によってさらに鱗状黒鉛と土状黒鉛に分類されます。 鱗状黒鉛は、結晶が発達した魚の鱗のような形状をしており、結晶性が高く、導電性や潤滑性に優れます。リチウムイオン電池の負極材や、耐火レンガなどに使用されます。 土状黒鉛は、結晶の発達が悪く微細な粒子の塊であり、外見は土に似ています。純度や特性は鱗状黒鉛に劣りますが、安価であるため、鋳造用の塗型剤や鉛筆の芯などに利用されます。 また、スリランカなどごく一部の地域でのみ産出される塊状の葉脈状黒鉛は、極めて純度が高く結晶性も高いため、特殊な用途に重宝されます。

人造黒鉛

石油コークスや石炭ピッチなどを原料とし、高温で焼成して黒鉛化したものです。天然黒鉛に比べて不純物が少なく、原料の選定や製造プロセスの制御によって、配向性、密度、強度などの特性を自在にデザインできるという利点があります。 製鋼用電極や原子炉用黒鉛、半導体用部材などの高度な信頼性が求められる分野では、主にこの人造黒鉛が使用されます。


人造黒鉛の製造プロセス

人造黒鉛の製造は、炭素原子の配列を乱雑な状態から規則正しい黒鉛結晶へと組み替える壮大な熱処理プロセスです。

原料と成形

主原料には、石油精製の副産物であるニードルコークスなどの骨材と、結合材としてのコールタールピッチが用いられます。 これらを粉砕・粒度調整した後、加熱しながら混練します。その後、用途に応じた成形法が適用されます。長尺の電極などには押出成形が、緻密なブロック材には型込め成形や冷間静水圧加圧法、いわゆるCIP成形が用いられます。特にCIP成形は、粉末にあらゆる方向から均等な圧力をかけることができるため、異方性のない等方性黒鉛を製造する上で不可欠な技術です。

焼成と黒鉛化

成形されたブロックは、まず摂氏1000度程度で焼成され、バインダー成分が炭化されます。この段階ではまだ炭素原子の配列は乱れており、硬くて電気抵抗も高い状態です。これをカーボンと呼びます。 次に、このカーボンブロックを摂氏2500度から3000度という超高温の炉に入れ、黒鉛化処理を行います。この極限的な熱エネルギーによって、乱れていた炭素網面が成長・整列し、三次元的な積層規則性を持つ黒鉛結晶へと変化します。この工程を経て初めて、黒鉛特有の軟らかさ、加工性、そして高い導電性が発現します。


熱的・化学的特性と産業応用

黒鉛は、金属とセラミックスの長所を併せ持つ材料として、過酷な環境下でその真価を発揮します。

耐熱性と耐熱衝撃性

黒鉛は融点を持たず、大気圧下では約3600度で昇華します。つまり、常温から超高温域まで液体にならず、強度が低下しにくいという驚異的な耐熱性を持ちます。 また、熱伝導率が高いため熱が逃げやすく、かつ熱膨張係数が極めて小さいため、急激な温度変化を与えても割れにくいという優れた耐熱衝撃性を有しています。この特性により、鉄屑を溶かす電気製鋼炉の電極や、溶融金属を受け止める坩堝、連続鋳造用の鋳型として利用されています。

耐薬品性

化学的に極めて安定しており、通常の酸やアルカリにはほとんど侵されません。そのため、化学プラントの熱交換器や、腐食性ガスを扱う配管のパッキング材などに使用されます。ただし、高温の酸化雰囲気中では酸化消耗するため、使用環境の雰囲気制御には注意が必要です。

潤滑性と摺動部材

層間が剥離しやすい性質を利用し、オイルレスベアリングやメカニカルシール、掃除機モーターのカーボンブラシなどの摺動部材として多用されています。油が使えない高温環境や真空中でも潤滑性を維持できる点は、黒鉛ならではの強みです。


リチウムイオン電池とインターカレーション

現代社会において黒鉛の重要性を決定づけているのが、リチウムイオン二次電池の負極材としての役割です。

層間化合物の形成

黒鉛の層と層の間には、他の原子や分子を取り込む性質があります。これをインターカレーションと呼びます。 リチウムイオン電池の充電時、正極から移動してきたリチウムイオンは、負極である黒鉛の層間に入り込みます。黒鉛はリチウムイオンを層間に蓄えるホストとして機能し、放電時にはこれを放出します。 黒鉛の結晶構造が発達しているほど、多くのリチウムイオンを安定して出し入れすることが可能となり、電池の容量とサイクル寿命を向上させることができます。ここでは、天然黒鉛のコストパフォーマンスと、人造黒鉛の耐久性や急速充放電特性を組み合わせた材料設計が行われています。


等方性黒鉛と半導体産業

通常の人造黒鉛は、成形時の圧力方向によって特性に異方性が生じますが、これを解消したのが等方性黒鉛です。

微粒子構造と高強度

微粉砕した原料を用い、CIP成形によって作られる等方性黒鉛は、どの方向に対しても均質な特性を持ちます。また、組織が緻密で空孔が少ないため、通常の黒鉛よりも高強度で、微細な加工が可能です。 この等方性黒鉛は、シリコンウェハーを製造する引き上げ装置のヒーターやルツボ、あるいはシリコンをエピタキシャル成長させる際のサセプタとして、半導体産業を支えています。高純度が求められるプロセスであるため、製造後の黒鉛に対し、ハロゲンガスを用いた高純度化処理を行い、不純物をppmオーダー以下まで極限的に低減させた製品が使用されます。

放電加工用電極

金型などを製作する放電加工において、銅電極に代わり等方性黒鉛電極の採用が進んでいます。 黒鉛は耐熱性が高いため、放電時の熱による消耗が少なく、また切削加工性が良いため、複雑な形状の電極を高速かつ高精度に製作できる利点があります。特に大型の金型や、微細なリブ加工が必要な金型においては、黒鉛電極の優位性が際立ちます。


膨張黒鉛とガスケット

黒鉛の層間に酸などを挿入して層間化合物を作り、これを急激に加熱すると、層間に入った物質がガス化して膨張し、黒鉛がアコーディオンのように数百倍に膨れ上がります。これを膨張黒鉛と呼びます。 膨張した黒鉛を圧延してシート状に加工したものは、柔軟性と弾力性に富み、かつ黒鉛本来の耐熱性や耐薬品性を維持しています。 この膨張黒鉛シートは、自動車エンジンのシリンダーヘッドガスケットや、配管フランジのパッキン、あるいは熱を拡散させるための放熱シートとして広く利用されています。バインダーとしてのゴムや樹脂を含まないため、高温下でもへたりが少なく、長期的なシール性を確保できる点が技術的な特徴です。

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