
機械要素の基礎:チェーン
チェーンは、複数のリンクと呼ばれる要素を連結し、可撓性を持たせた紐状の機械要素です。動力を伝達する巻掛け伝動装置として、あるいは物を搬送するための媒体として、産業革命以降の機械文明において極めて重要な役割を果たしてきました。
ベルト伝動が摩擦力に依存し、歯車伝動が軸間距離の制約を受けるのに対し、チェーン伝動は噛み合いによる確実な動力伝達を、比較的自由な軸間距離で行えるという特徴があります。自転車のペダルから後輪への動力伝達に見られるように、我々の身近な存在でありながら、その設計と挙動には多体動力学、トライボロジー、材料力学といった物理法則が複雑に関与しています。
ローラーチェーンの構造力学
ローラーチェーンは、内リンクと外リンクという二つのユニットが交互に連結された構造をしています。この単純な繰り返しの中に、効率的な動力伝達と耐摩耗性を実現するための巧みな仕組みが隠されています。
構成部品と機能
基本的な構成部品は、ピン、ブシュ、ローラー、内プレート、外プレートの5種類です。
内リンクは、2枚の内プレートに2つのブシュを圧入して固定し、そのブシュの外側に回転自在なローラーを嵌め込んだ構造です。一方、外リンクは、2枚の外プレートに2本のピンを圧入して固定したものです。このピンを内リンクのブシュに通すことで、チェーンは連結されます。
ここで力学的に重要なのは、ピンとブシュ、そしてブシュとローラーの関係です。 ピンとブシュは、チェーンが屈曲する際の軸受として機能します。スプロケット、すなわち鎖車に巻き付く際、チェーンはこの部分で折れ曲がります。このときピンとブシュの間には高い面圧がかかりながら滑り運動が生じます。 一方、ローラーはブシュの外側で自由に回転できます。チェーンがスプロケットの歯と噛み合う際、ローラーが転がることで歯面との摩擦を低減し、スムーズな噛み合いと離脱を実現すると同時に、衝撃荷重を緩和する役割を担います。
圧入とクリアランス
プレートとピン、あるいはプレートとブシュの嵌め合いは、強固な締まり嵌め、すなわち圧入によって固定されています。これにより、引張荷重がかかった際に部品が抜けるのを防ぎ、かつチェーン全体の剛性を確保しています。 逆に、ピンとブシュの間、ブシュとローラーの間には適切な隙間、クリアランスが設けられており、潤滑油が浸透するスペースとなると同時に、円滑な屈曲動作を保証しています。
多角形運動と速度変動
チェーン伝動において、避けて通れない幾何学的な特性が多角形運動、あるいはコードルアクションと呼ばれる現象です。チェーンは柔軟性を持っていますが、個々のリンクは剛体です。そのため、スプロケットに巻き付いたチェーンは、正確には円ではなく、スプロケットの歯数を角数とする多角形を形成します。
速度変動のメカニズム
スプロケットが一定の角速度で回転していても、チェーンの進行速度は微小に変動します。 チェーンがスプロケットに噛み込む瞬間、有効半径はスプロケットの中心からピッチ円までの距離となります。しかし、スプロケットが回転し、リンクが真上に来た瞬間、有効半径はスプロケットの中心から多角形の辺の中点までの距離、すなわち内接円半径まで減少します。 有効半径が周期的に変化するため、チェーンの速度は脈動します。この速度変動率は、スプロケットの歯数が少ないほど顕著になります。
振動と騒音への影響
この速度変動は、チェーン自身に加速度を与え、慣性力による振動を引き起こします。また、チェーンがスプロケットに着座する瞬間の衝突速度にも影響し、騒音や衝撃荷重の増大を招きます。 したがって、高速回転や静粛性が求められる用途では、スプロケットの歯数を可能な限り多く設定し、多角形を円に近づけることで速度変動率を低減させる設計がなされます。
摩耗伸びとトライボロジー
チェーンの寿命を決定づける最大の要因は摩耗です。一般的にチェーンが伸びると言われますが、これはプレート自体が引張力で塑性変形して伸びるわけではありません。構成部品の摩耗によって、ピンとブシュの隙間が拡大し、結果としてピッチ、つまりピン中心間の距離が長くなる現象を指します。これを摩耗伸びと呼びます。
摩耗のメカニズム
摩耗が最も進行するのは、ピンとブシュの接触面です。チェーンがスプロケットに噛み込む際と離脱する際、リンクは屈曲し、ピンとブシュが摺動します。ここに高い伝達張力が作用しているため、境界潤滑あるいは混合潤滑領域での厳しい摩耗条件となります。 摩耗が進行してピッチが伸びると、チェーンはスプロケットの歯のピッチ円よりも外側、つまり歯先側で噛み合うようになります。これを這い上がりと呼びます。最終的には歯飛びを起こしたり、破断に至ったりします。一般的に、ピッチ伸びが1.5パーセントから2.0パーセントに達した時点がチェーンの使用限界とされています。
潤滑の重要性
摩耗伸びを防ぐ唯一にして最大の手段が潤滑です。ピンとブシュの微小な隙間に潤滑油を浸透させ、油膜を形成することで金属接触を防ぎます。 高速回転域では遠心力によって油が飛散しやすいため、粘度の高い油や、強制給油システムが必要となります。また、食品機械やクリーンルームなど、給油が困難な環境向けには、ブシュに焼結含油金属を使用した無給油チェーンや、特殊な樹脂スリーブを介在させたチェーンが開発されています。
疲労強度とプレート形状
チェーンには、起動・停止や負荷変動に伴う繰り返しの引張荷重が作用します。これにより、プレートのピン穴周辺や、くびれ部分に応力集中が発生し、疲労破壊に至ることがあります。
リンクプレートの応力分布
リンクプレートは、ピン穴周辺で最も高い応力を受けます。ピンがプレートを外側へ押し広げようとする力と、チェーンの引張方向の力が複合的に作用するためです。 メーカー各社は、有限要素法解析などを駆使してプレートの形状を最適化しています。単純なひょうたん型ではなく、応力が集中しやすい部分の肉厚を増やしたり、曲率を調整したりすることで、軽量化と高疲労強度を両立させています。
最大許容張力
カタログに記載されている最大許容張力は、チェーンが疲労破壊を起こさずに無限回の繰り返し荷重に耐えられる限界値、すなわち疲労限度を基準に設定されています。これに対し、平均破断強度は、一度だけの静的な引張試験で破断する荷重であり、実際の選定においては、疲労限度を考慮した許容張力内での使用が鉄則となります。
サイレントチェーンの静粛性
ローラーチェーンの欠点である騒音と速度変動を劇的に改善したのが、サイレントチェーンです。その名の通り、静粛性に優れた伝動チェーンです。
噛み合い機構の違い
サイレントチェーンにはローラーがなく、歯形を持ったプレートが積層された構造をしています。スプロケットの歯とチェーンのリンクプレートが、ギアのように噛み合うことで動力を伝達します。 最大の特徴は、噛み合いが進むにつれて接触点が移動するような歯形設計がなされている点です。これにより、ローラーチェーンで見られた多角形運動の影響を極小化し、ほぼ等速での回転伝達が可能となります。 また、面で接触するため衝撃が少なく、自動車のエンジンのタイミングチェーンや、トランスファーの駆動など、高速かつ静粛性が求められる分野で多用されています。
搬送用チェーンとアタッチメント
動力を伝えるだけでなく、物を運ぶコンベヤの媒体としてもチェーンは広く利用されています。搬送用チェーンには、標準的なローラーチェーンをベースに、アタッチメントと呼ばれる取付金具を付加したものが用いられます。
大形コンベヤチェーン
セメント工場や製鉄所、自動車の組立ラインなどで重量物を搬送する場合、強大な張力と耐摩耗性が求められます。こうした用途には、ピッチが大きく、ローラー径も大きい大形コンベヤチェーンが使用されます。 ここでは、ローラーが単なる噛み合い要素ではなく、レールの上を転がって荷重を支える車輪としての機能を果たします。したがって、ローラーの転がり抵抗を低減させることが、コンベヤの動力消費を抑える鍵となります。
アタッチメントの種類
アタッチメントには、プレートの一部を折り曲げて搬送物を固定するための穴を設けたAアタッチメントやKアタッチメント、搬送物を載せるためのピンを延長したエクステンデッドピンなど、多種多様な形状があります。これらをリンクの数個おき、あるいは全リンクに配置することで、用途に合わせた搬送システムを構築します。
強力チェーンとリーフチェーン
過酷な環境や特殊な用途に対応するための専用チェーンも存在します。
強力チェーン
標準的なローラーチェーンと寸法は同じですが、プレートの板厚を厚くし、ピンに特殊な焼き入れを施すことで、引張強度と許容張力を高めたものです。スペースの制約でチェーンサイズを上げられないが、より高い動力を伝達したい場合に選定されます。
リーフチェーン
フォークリフトのマスト昇降や、駐車装置の吊り下げ用として使用されるのがリーフチェーンです。 これはスプロケットと噛み合うためのローラーやブシュを持たず、プレートとピンのみで構成されています。自転車のチェーンのような隙間がなく、プレートが交互に幾重にも重なり合っています。 この構造により、同サイズのローラーチェーンに比べて破断強度が非常に高く、大きな引張荷重に耐えることができます。ただし、スプロケット駆動はできず、滑車シーブにかけて使用されます。
環境対応と表面処理
チェーンは金属製品であるため、腐食環境下では錆や腐食摩耗が問題となります。
耐環境チェーン
水がかかる環境や屋外では、ステンレス鋼製のチェーンが使用されます。ステンレスは耐食性に優れますが、強度は炭素鋼に比べて低く、摩耗しやすいという欠点があります。 そこで、強度の高い炭素鋼チェーンにニッケルメッキや特殊な防錆コーティングを施したコーティングチェーンが、強度と耐食性のバランスをとる選択肢として普及しています。 また、酸やアルカリなどの薬品環境や、極低温・超高温環境向けには、チタンやエンジニアリングプラスチックを使用した特殊チェーンも開発されています。


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