グリスとは
グリスは、機械の摺動部分の潤滑に使用される半固体状の潤滑剤です。その基本的な構成は、基油と呼ばれる液体潤滑油を、増ちょう剤という固体または半固体の物質でゼリー状の構造に固め、さらに必要に応じて各種の添加剤を配合したものです。
主な目的は、機械部品間の摩擦を減らし、摩耗を防ぎ、焼き付きを防止すること、加えて金属表面の錆を防ぎ、外部からの異物の侵入を抑制することです。潤滑油では流れ落ちてしまう箇所や、頻繁な給油が困難な箇所、密封性が求められる箇所などに特に適しています。
グリスの構成成分
グリスの性能は、基油、増ちょう剤、添加剤という三つの主要成分の選択と配合バランスによって大きく左右されます。
基油はグリスの基本的な潤滑特性を決定するもので、一般的には精製された鉱油が広く用いられますが、極低温から高温までの広範囲な温度条件下での使用や、長期間の潤滑寿命が要求される場合には、ポリアルファオレフィン、エステル油、シリコーン油、フッ素油などの合成油が選ばれます。合成油は優れた熱安定性や酸化安定性、低温流動性を持ちます。
増ちょう剤は、基油を半固体状に保持するための骨格を形成する成分です。金属せっけん系と非せっけん系に大別されます。金属せっけん系では、リチウムせっけんが耐熱性、耐水性、機械的安定性のバランスに優れ、最も汎用的に使用されています。その他、耐水性に特化したカルシウムせっけん、耐熱性が比較的良いナトリウムせっけんなどがあります。近年では、これらの性能をさらに高めたリチウム複合せっけんやカルシウム複合せっけんの使用が増えています。非せっけん系では、ポリウレアすなわちウレア系の増ちょう剤が、非常に優れた耐熱性、酸化安定性、耐水性を持ち、高温で長期間使用される電動機の軸受などに適しています。また、非溶融性のベントナイト粘土や、耐薬品性に優れるフッ素樹脂粉末なども特殊用途で増ちょう剤として用いられます。
添加剤は、グリスの特定の性能を強化したり、新たな機能を付与したりするために少量加えられる化学物質です。高荷重や衝撃荷重下で油膜が破れるのを防ぎ摩耗や融着を抑制する極圧添加剤や摩耗防止剤、高温での基油の酸化劣化を防いでグリスの寿命を延ばす酸化防止剤、金属表面を保護して錆の発生を抑える防錆剤、そして基油の油膜が切れた場合でも潤滑性能を維持する二硫化モリブデンやグラファイト、フッ素樹脂などの固体潤滑剤が代表的です。その他、構造安定剤や粘着性向上剤なども使用されます。
グリスの主要な特性
グリスの物理的な特性を表す主要な指標には、硬さまたは柔らかさを示すちょう度、耐熱性の一応の目安となる滴点があります。ちょう度は米国潤滑グリース協会NLGIによって番号で規格化されており、数字が大きいほど硬くなります。NLGIちょう度番号2が万能グリスとして広く使われます。滴点はグリスが加熱されて液状化し始める温度ですが、実際の安全な使用上限温度はこれより低く設定されるのが一般的です。
その他、酸化安定性、耐水性、機械的なせん断力を受けてもちょう度が変化しにくいせん断安定性、基油が増ちょう剤から分離する度合いを示す離油度なども重要な性能評価項目です。
グリスの種類
1. リチウムグリス (Lithium Grease)
- 増ちょう剤: リチウム石けん
- 特徴:
- 万能型・最も一般的: 現在、世界で最も広く使用されているグリスです。
- バランスの良さ: 耐熱性、耐水性、機械的安定性のバランスが非常に優れています。
- コストパフォーマンス: 性能と価格のバランスが良く、安価なものから高性能なものまでラインナップが豊富です。
- 主な用途:
- 自動車のホイールベアリングやシャシー
- 産業機械のあらゆる軸受
- 家庭用のDIY製品
2. ウレアグリス (Urea Grease)
- 増ちょう剤: ウレア(尿素)系化合物
- 特徴:
- 優れた耐熱性: リチウムグリスよりも高温に強く、約-20℃~180℃で使用可能です。
- 長寿命: 高温でも酸化・劣化しにくく、グリスの寿命が長いのが特徴です。
- 耐水性: 石けん系ではないため、水が混入しても乳化や軟化がしにくいです。
- 主な用途:
- 製鉄所の連続鋳造設備など、高温になる箇所の軸受
- 電動モーターの軸受
3. カルシウムグリス (Calcium Grease)
- 増ちょう剤: カルシウム石けん
- 特徴:
- 優れた耐水性: 水に対する耐性が非常に高く、水に洗い流されにくいです。
- 低い耐熱性: 耐熱性は低く、使用温度範囲は一般的に約-10℃~80℃程度です。高温になるとグリスの構造が壊れやすいです。
- 主な用途:
- 水がかかりやすい箇所
- 低速・低荷重の摺動部
4. シリコーングリス (Silicone Grease)
- 増ちょう剤: シリカやPTFEなど
- 基油: シリコーンオイル
- 特徴:
- 広い使用温度範囲: 基油であるシリコーンオイルの特性により、非常に広い温度範囲で使用できます。
- ゴム・樹脂への影響が少ない: これが最大の特徴です。 鉱物油ベースのグリスがゴムやプラスチックを膨潤(ふやかす)させるのに対し、シリコーングリスはほとんど影響を与えません。
- 化学的安定性: 酸化しにくく、耐久性があります。
- 主な用途:
- Oリングやパッキンなどのゴム部品の潤滑・シール
- プラスチック製のギアや摺動部
- 電気接点
5. フッ素グリス (Fluorine Grease / PFPE Grease)
- 増ちょう剤: PTFE
- 基油: フッ素オイル
- 特徴:
- 究極の性能: 耐熱性、耐薬品性、不燃性、低蒸気圧(真空下でも使える)など、ほぼ全ての面で最高の性能を持ちます。
- 非常に高価: 「グリスの王様」とも呼ばれ、価格はリチウムグリスの数十倍~数百倍します。
- ゴム・樹脂への影響が少ない: シリコーングリス同様、ゴムや樹脂を侵しません。
- 主な用途:
- 半導体製造装置、真空ポンプ
- 化学プラントのバルブ、塗装ラインの高温部
- 「絶対に潤滑トラブルを起こしたくない」箇所
6. ベントナイトグリス (Bentonite Grease)
- 増ちょう剤: ベントナイト
- 特徴:
- 不融性(融けない): 増ちょう剤が石けんではなく粘土であるため、高温になっても溶けて垂れ落ちる「滴点(てきてん)」がありません。
- 耐熱性: 高温下での潤滑に適しています。
- 水に弱い: 水分を吸収すると軟化しやすい欠点があります。
- 主な用途:
- 製鉄所の加熱炉の台車軸受など、高温でグリスが垂れ落ちると困る箇所
潤滑油と比較したグリスの利点と課題
液体潤滑油と比較した場合のグリスの主な利点は、流動性が低いため給油箇所に留まりやすく、流れ出したり飛散したりしにくいこと、そのため密封構造を簡素化できること、外部からの水分や塵埃などの異物の侵入を防ぐある程度のシール効果が期待できること、固体潤滑剤を均一に分散させて保持できることです。
一方、液体潤滑油に比べて冷却効果が小さいこと、高速回転する部分ではグリス自身の攪拌抵抗が大きくなり発熱しやすいこと、給油箇所への自動的かつ連続的な補給や交換がやや煩雑であること、内部に混入した摩耗粉や異物などを潤滑系外へ排出しにくいといった課題もあります。
グリスの主な用途と選定
グリスは、転がり軸受やすべり軸受、歯車特に開放型や油漏れを嫌う密閉型のもの、チェーン、カムやガイド面などの各種摺動面、ユニバーサルジョイントなどの継手類といった、多種多様な機械要素の潤滑に広く使用されています。具体的な応用例としては、自動車のホイールベアリングやシャシー各部の潤滑点、電動機の軸受、ポンプや送風機の軸受、各種産業機械のコンベヤや工作機械の摺動部、建設機械や農業機械の可動部など、その用途は極めて広範囲に及びます。
最適なグリスを選定するためには、使用される機械の運転条件、例えば使用温度範囲、荷重の大きさや種類、回転速度や摺動速度、振動の有無、水の混入や雰囲気ガスといった周囲の環境条件、期待される給油間隔、構成材料との化学的な適合性などを総合的に考慮する必要があります。
まとめ
グリスは機械装置の円滑な運転、信頼性の高い動作、そして長期間にわたる寿命の確保に貢献する、極めて重要な潤滑剤です。その半固体状という独特の物理的性質により、液体潤滑油では対応が難しい様々な条件下での潤滑を可能にしています。数多く存在するグリスの中から、個々の用途や使用条件に最も適したグリスを選定し、適切な量と方法で使用、管理することが、機械の性能を最大限に引き出し、予期せぬトラブルを未然に防ぐ上で不可欠です。


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