機械要素の基礎:Oリング

機械要素

Oリングは、断面が円形である環状のパッキンであり、溝に装着して適度に圧縮させることで流体の漏れを防ぐ機械要素です。その構造は極めて単純であり、ドーナツ状のゴムの輪に過ぎませんが、その機能は深海探査艇から宇宙ステーション、身近なところでは水道の蛇口や時計の防水パッキンに至るまで、あらゆる機械システムの信頼性を担保する基盤となっています。

19世紀に発明され、第二次世界大戦中に航空機の油圧システム用として飛躍的に発展したこの部品は、設計の簡素化、省スペース化、コスト低減を同時に実現する画期的な発明でした。しかし、その選定や溝設計を誤れば、チャレンジャー号爆発事故のような歴史的な惨事を招く要因ともなり得ます。


自封作用の物理メカニズム

Oリングがシールとして機能する基本原理は、材料の反発力と流体圧力の相互作用による自封作用にあります。

初期圧縮と接触面圧

Oリングは通常、その断面径よりも浅い溝に装着され、相手側の壁面によって押し潰されます。このとき、ゴム材料は弾性変形し、元に戻ろうとする応力が発生します。この応力が、溝の底面と相手側の壁面に対する接触面圧となります。 流体の圧力がない状態では、この初期圧縮による面圧、すなわちスクィーズによる反発力が流体をせき止めます。

パスカルの原理と圧力の増幅

流体圧力が作用すると、Oリングは溝の壁面に押し付けられ、流体と同じ圧力を受けます。ゴム材料は非圧縮性流体に近い挙動を示すため、パスカルの原理により、受けた圧力はあらゆる方向に等しく伝達されます。 その結果、シール面における接触面圧は、初期圧縮による面圧に、流体からの圧力がそのまま加算された値となります。つまり、流体圧力が上昇すればするほど、Oリングは自らを壁面に強く押し付け、シール力を増大させるのです。このメカニズムにより、Oリングは数メガパスカルから数十メガパスカルという高圧流体を漏らすことなく封止することが可能となります。


ゴム材料の粘弾性とエントロピー弾性

金属製のバネが原子間の結合エネルギーの変化によって弾性力を生むエネルギー弾性であるのに対し、Oリングに使用されるゴム材料はエントロピー弾性によって復元力を発揮します。

ゴム弾性の本質

ゴム分子は、長く柔軟な鎖状の高分子が架橋点によって緩やかに結ばれた網目構造をしています。外力が加わっていない状態では、分子鎖はランダムに丸まった状態にあり、これは熱力学的にエントロピーが高い、すなわち乱雑さの度合いが大きい安定した状態です。 これを圧縮したり引き伸ばしたりすると、分子鎖は引き伸ばされて整列し、エントロピーが低い状態になります。自然界にはエントロピーを増大させようとする法則があるため、分子鎖は再び丸まった乱雑な状態に戻ろうとします。これがゴムの弾性力の正体です。 このため、ゴムは温度が上がると分子運動が活発になり、より強く縮まろうとする、つまり張力が増大するという金属とは逆の性質を示します。これをジュール効果と呼びます。

粘弾性挙動と応力緩和

また、ゴムは粘性と弾性の両方の性質を持つ粘弾性体です。Oリングを圧縮した瞬間は高い反発力を示しますが、時間が経過すると分子鎖の滑りや再配列が起こり、反発力が徐々に低下していきます。これを応力緩和と呼びます。 長期間の使用において、この応力緩和が進行しすぎると、初期圧縮による面圧が失われ、低圧時のシール性が損なわれる原因となります。


主要な材料とその化学的特性

Oリングの性能は、使用されるポリマーの種類によって決定づけられます。流体との適合性、すなわち耐油性や耐薬品性、そして使用温度範囲に基づいて最適な材料を選定する必要があります。

ニトリルゴム NBR

最も一般的で標準的な材料です。アクリロニトリルとブタジエンの共重合体であり、アクリロニトリルの含有量によって耐油性と耐寒性のバランスが変化します。鉱物油系の作動油やグリースに対して優れた耐性を示し、価格も安価であるため、一般的な油圧・空圧機器に広く使用されています。

フッ素ゴム FKM

耐熱性、耐油性、耐薬品性のすべてにおいて優れた性能を持つ高機能材料です。炭素とフッ素の強固な結合エネルギーにより、摂氏200度を超える高温環境や、ガソリン、酸性の薬液などに対して高い安定性を示します。自動車のエンジン周りや化学プラントなどで多用されます。

エチレンプロピレンゴム EPDM

耐候性、耐オゾン性、耐水性に優れます。特に水蒸気や極性溶剤、アルコール、ブレーキフルードに対して強い耐性を持ちますが、鉱物油には著しく膨潤するため使用できません。水回りや屋外機器に適しています。

パーフロロエラストマー FFKM

フッ素ゴムのフッ素含有量を極限まで高め、ポリマー主鎖の水素をほぼすべてフッ素に置き換えた材料です。PTFE樹脂に近い耐薬品性と、ゴム弾性を兼ね備えた究極の材料であり、半導体製造装置などの極めて過酷な環境で使用されます。


溝設計の幾何学パラメータ

Oリングを適切に機能させるためには、Oリングそのものの選定だけでなく、それを収める溝の設計が極めて重要です。

つぶし代 圧縮率

Oリングをどれだけ押し潰すかという比率、すなわちつぶし代は、シール性と寿命のトレードオフで決定されます。 固定用、スタティックシールとして使用する場合は、断面径の15パーセントから30パーセント程度と高めに設定し、確実なシール性を確保します。 一方、運動用、ダイナミックシールとして使用する場合は、摩擦抵抗や摩耗を抑えるために8パーセントから15パーセント程度と低めに設定します。つぶし代が大きすぎると圧縮割れや圧縮永久歪みの原因となり、小さすぎると漏れの原因となります。

充填率

Oリングを溝に入れた際、溝の断面積に対してOリングの断面積が占める割合を充填率と呼びます。通常は75パーセントから85パーセント程度に設計し、溝の中に必ず隙間を設けます。 これは、ゴムの熱膨張係数が金属の約10倍もあり、温度上昇時に体積が膨張するためです。また、流体によってゴムが膨潤する場合もあります。もし溝に逃げ場がなければ、膨張したゴムは行き場を失って溝からはみ出し、噛み込みや破損を引き起こします。

溝形状と表面粗さ

溝の形状は、一般的に長方形溝が用いられますが、Oリングの脱落を防ぐためのアリ溝や、三角溝なども存在します。 溝の表面粗さも重要です。シール面となる底面や壁面が粗すぎると、そこから漏れが発生したり、Oリング表面が摩耗したりします。逆に滑らかすぎると、潤滑油膜が保持できずにスティックスリップ現象を引き起こすことがあります。


はみ出しとバックアップリング

高圧環境下において、Oリングにとって最も致命的な破壊モードの一つが、はみ出し現象です。

はみ出しのメカニズム

Oリングによってシールされている高圧側と低圧側の間には、シリンダーとピストンの隙間、すなわちクリアランスが存在します。 高圧がかかると、Oリングは流体のように振る舞い、この微小な隙間へ向かって塑性流動しようとします。圧力がゴムの弾性限度を超えると、Oリングの一部が隙間にむりやり押し込まれ、食いちぎられたように損傷します。これがはみ出しです。

対策技術

これを防ぐために、Oリングの低圧側に硬い樹脂製や金属製のリング、バックアップリングを配置します。バックアップリングは隙間を物理的に塞ぎ、Oリングが隙間に吸い込まれるのを防ぐ壁として機能します。圧力がさらに高い場合や、両側から圧力がかかる場合は、Oリングの両側に配置することもあります。 また、ゴム材料自体を高硬度のものに変更することも有効ですが、柔軟性が低下するためシール性との兼ね合いが必要となります。


運動用シールにおける特殊現象

ピストンやロッドの往復運動、あるいは回転運動のシールとしてOリングを使用する場合、固定用にはない特有のトラブルが発生します。

スパイラル破壊(ねじれ)

往復運動用シールにおいて、Oリングの一部が溝壁との摩擦で拘束され、他の部分が滑ることで、Oリング全体がよじれてしまう現象です。 このよじれが繰り返されると、Oリング表面に螺旋状の深い亀裂が入り、最終的に破断します。これを防ぐためには、つぶし代を小さくする、潤滑を良くする、あるいは断面形状をX型やT型にした異形リングを採用するなどの対策が必要です。

スティックスリップ

摩擦係数の高いゴム材料が、運動開始時や低速運転時に、滑りと固着を繰り返す振動現象です。ビビリ音や偏摩耗の原因となります。表面に梨地加工を施したり、二硫化モリブデンやPTFEなどの固体潤滑剤をコーティングしたりして摩擦係数を下げることが有効です。


環境要因による劣化モード

Oリングは、熱や化学物質だけでなく、物理的な環境変化によっても損傷を受けます。

圧縮永久歪み ヘタリ

高温環境下で長時間圧縮され続けると、ゴムの分子鎖が熱的な架橋反応や酸化劣化を起こし、弾性を失って元の形状に戻らなくなります。断面が円形から四角形に近い形状に変形し、シール力が低下します。これを防ぐには、耐熱性の高い材料選定や、適切な寿命交換が必要です。

急激な減圧による発泡 ブリスター

高圧のガスシールに使用される場合、ガス分子がゴムの分子鎖の間隙に浸透し、内部に溶け込みます。 この状態で急激に圧力を下げると、内部に溶け込んでいたガスが一気に気化して体積膨張を起こし、ゴムの内側から亀裂を生じさせたり、表面に水膨れのような膨らみを作ったりします。これをブリスターあるいは爆発的減圧破壊と呼びます。耐ブリスター性の高い高硬度材料や、ガス透過性の低い材料が求められます。


真空および極低温環境への対応

極限環境においては、標準的な設計思想とは異なるアプローチが必要です。

真空シール

真空環境では、ゴムからのガス放出、アウトガスが問題となります。ゴムに含まれる可塑剤や添加剤が揮発し、真空度を低下させたり、チャンバー内を汚染したりします。 そのため、真空用Oリングには、添加剤を極力排除し、表面を洗浄処理した高純度のフッ素ゴムなどが用いられます。また、気体透過率の低い材料を選ぶことも真空度維持には不可欠です。

極低温シール

液体窒素や液体水素などの極低温環境では、ゴムはガラス転移点を下回り、ガラスのように硬く脆くなります。弾性を失ったゴムはシール機能を果たせません。 このような環境では、金属製のOリング(メタルOリング)や、バネを内蔵して弾性を確保した樹脂製シールが用いられます。また、常温で締め付けた後に冷却されると、ゴムが熱収縮して締め付け力が低下するため、設計時には収縮率を考慮した溝寸法や初期圧縮量の設定が必要です。

コメント