機械材料の基礎:チタン合金

機械材料

機械材料の基礎:チタン合金

チタン合金は、実用金属の中で比強度が最大という卓越した機械的性質と、白金や金に匹敵する極めて高い耐食性を併せ持つ先端構造材料です。

元素記号Tiで表されるチタンは、密度が4.51グラム毎立方センチメートルと、鉄の約60パーセントという軽さでありながら、鋼と同等以上の強度を誇ります。この「軽くて強い」という特性に加え、錆びない、磁気を帯びない、生体適合性に優れるといった多岐にわたる機能性により、航空宇宙、化学プラント、医療、自動車、建築といった広範な産業分野で不可欠な素材としての地位を確立しています。


結晶構造と変態の科学

チタン合金の多様な性質を理解する上で重要な鍵は、温度によって結晶構造が変化する同素変態という物理現象にあります。

アルファ相とベータ相

純チタンは、常温では稠密六方格子いわゆるHCP構造をとります。これをアルファ相と呼びます。しかし、温度を上げていき摂氏882度を超えると、体心立方格子いわゆるBCC構造へと結晶構造が変化します。これをベータ相と呼びます。 HCP構造であるアルファ相は、原子が密に詰まっているため滑り系が少なく、常温での加工は難しいものの、強度とクリープ特性に優れています。一方、BCC構造であるベータ相は、原子の配列に隙間があり滑り系が多いため、加工性が良く、合金元素を多く固溶できるという特徴があります。

合金元素による組織制御

純チタンに他の金属元素を添加すると、この変態温度が変化し、常温におけるアルファ相とベータ相の比率をコントロールすることができます。 アルミニウムや酸素、窒素などは、アルファ相を安定化させ、変態温度を上昇させる働きがあります。これらをアルファ安定化元素と呼びます。 対して、バナジウム、モリブデン、鉄、クロムなどは、ベータ相を安定化させ、変態温度を低下させる働きがあります。これらをベータ安定化元素と呼びます。 チタン合金の設計とは、これらの元素を絶妙なさじ加減で配合し、狙った用途に最適な金属組織を作り出すプロセスに他なりません。


合金の分類と特性

金属組織の違いに基づき、チタン合金は大きく三つのカテゴリーに分類されます。

アルファ型合金

常温でアルファ相単相、あるいはごくわずかなベータ相を含む合金です。 代表的なものに純チタンやTi-5Al-2.5Snがあります。このタイプは溶接性が極めて良好で、かつ極低温から高温まで安定した強度を維持します。特に極低温環境でも脆くならないため、液体水素タンクなどの宇宙開発用途に使用されます。ただし、熱処理による大幅な強化は期待できず、加工性もあまり良くありません。

アルファ・ベータ型合金

アルファ相とベータ相が共存する組織を持つ、最も汎用性の高い合金系です。 強度、延性、破壊靭性、加工性のバランスが極めて優れており、熱処理によって強度を調整することも可能です。後述するTi-6Al-4V合金がこのカテゴリーの代表格であり、チタン合金全体の生産量の大半を占めています。航空機の機体構造材からエンジンのファンブレード、ゴルフクラブのヘッドまで、あらゆる用途に適用されます。

ベータ型合金

多量のベータ安定化元素を添加することで、常温でもベータ相が安定して存在する合金です。 焼入れ性が良く、溶体化処理と時効処理という熱処理を施すことで、チタン合金の中で最も高い強度を得ることができます。また、冷間加工性に優れており、バネ材やボルト、複雑な形状の成形品に適しています。ヤング率が低いものも開発されており、人工骨などの生体材料としても注目されています。


Ti-6Al-4V ロクヨンチタン

チタン合金を語る上で避けて通れないのが、Ti-6Al-4V、通称ロクヨンチタンです。 質量パーセントで6パーセントのアルミニウムと4パーセントのバナジウムを含有するこのアルファ・ベータ型合金は、チタン合金の王様とも呼ばれ、全世界のチタン合金使用量の約70パーセントを占めると言われています。

その理由は、信頼性の高さと特性のベストバランスにあります。引張強度は約1000メガパスカルに達し、溶接性も良好で、摂氏300度から400度程度までなら耐熱性も維持します。 航空機のジェットエンジンでは、低温側のファンブレードやコンプレッサーディスクに使用され、機体では着陸装置や主翼のボルトなどに多用されています。長年の運用実績による膨大なデータが蓄積されているため、設計者にとって最も安心して選定できる材料です。


難削材としての加工技術

チタン合金は、機械加工の現場ではインコネルなどのニッケル基合金と並んで、極めて加工が難しい難削材として知られています。その理由は、皮肉にもチタンの優れた特性そのものに由来します。

熱伝導率の低さと工具摩耗

チタンの熱伝導率は鉄の約4分の1と非常に低いため、切削時に発生した摩擦熱が切り屑や母材に逃げず、工具の刃先に集中します。これにより工具が高温になり、急速に摩耗してしまいます。

化学的活性

高温状態のチタンは化学的に非常に活性であり、工具材料である超硬合金やハイス鋼と容易に反応、溶着を起こします。溶着したチタンが剥がれる際に工具の一部をむしり取るため、欠けや異常摩耗が発生します。

低いヤング率

チタンのヤング率は鋼の約半分です。これは力がかかるとたわみやすいことを意味します。切削中に材料が逃げてしまい、寸法精度が出にくいだけでなく、びびり振動が発生しやすい原因となります。

これらの課題を克服するため、加工現場では大量の高圧クーラントを用いて強力に冷却したり、チタンと反応しにくい特殊なコーティングを施した工具を使用したり、切削速度をあえて落として送りを大きくするといった工夫が凝らされています。


耐食性と表面科学

チタン合金がメンテナンスフリーの材料として評価される最大の理由は、その驚異的な耐食性にあります。

不動態皮膜の自己修復

チタンは本来、酸素と非常に結びつきやすい活性な金属です。大気中や水中では、瞬時に表面に酸化チタンの極めて薄い膜、不動態皮膜を形成します。この膜は緻密で安定しており、酸や塩分を通しません。 ステンレス鋼も同様の不動態皮膜を持ちますが、チタンの皮膜はより強固で、海水に対する耐食性は白金に匹敵します。万が一、傷がついて素地が露出しても、周囲に微量の酸素や水があれば瞬時に皮膜が再生されます。 この特性により、海水淡水化プラントの熱交換器や、海洋土木構造物のカバー材、化学プラントの反応容器など、極めて過酷な腐食環境において唯一無二の選択肢となっています。

生体適合性

チタンの酸化皮膜は、生体組織や血液と接触しても拒絶反応やアレルギー反応を起こしにくいという特性があります。さらに、骨の組織と直接結合するオッセオインテグレーションという能力を持っています。 これにより、人工関節、骨折治療用のプレートやスクリュー、歯科インプラントなどの体内埋め込み医療機器として広く普及しています。ニッケルなどの有害な金属イオンが溶け出さないため、人体にとって最も安全な金属と言えます。


特殊な加工と超塑性

チタン合金ならではのユニークな成形技術として、超塑性成形があります。 特定の温度域(Ti-6Al-4Vの場合、約900度から950度)かつ特定の歪速度で引っ張ると、ガラス飴のように数百パーセントから千パーセント以上も伸びる現象、超塑性が現れます。 これを利用し、金型内にガス圧をかけて風船のように膨らませて成形する方法が実用化されています。複雑な曲面を持つ航空機の部品などを、継ぎ目のない一体構造で作ることができるため、リベット接合を減らして大幅な軽量化とコストダウンを実現しています。 また、拡散接合という技術と組み合わせることで、中空のハニカム構造などを一枚の板から作り出すSPF/DB(超塑性成形・拡散接合)プロセスも確立されています。


積層造形と未来展望

チタン合金の最大の欠点は、材料コストと加工コストの高さです。精錬プロセスであるクロール法は多大な電力を消費し、切削加工では多くの材料が切り屑として捨てられてしまいます。この課題を解決する切り札として、3Dプリンティング技術、すなわち積層造形への期待が高まっています。

アディティブ・マニュファクチャリング AM

チタン合金の粉末を敷き詰め、レーザーや電子ビームで必要な部分だけを溶融・凝固させて積み上げていく手法です。 削り出し加工と比較して、材料の無駄がほとんどなく、切削では不可能な複雑な中空構造やラティス構造(格子状構造)を造形できます。これにより、部品の強度を保ったまま極限まで軽量化することが可能になります。 航空機部品や、患者一人一人の骨の形状に合わせたカスタムメイドの人工骨などですでに実用化が進んでおり、プロセス監視技術や粉末品質の向上が進めば、チタン合金の適用範囲は劇的に拡大すると予測されます。

コメント