シリコーンゴムは、主骨格がケイ素と酸素の繰り返し結合であるシロキサン結合からなり、側鎖にメチル基やフェニル基などの有機基を持つ、無機と有機のハイブリッドポリマーです。
一般的にゴムと呼ばれる物質の多くは、石油を原料とする炭素と水素を主成分とした有機ゴムですが、シリコーンゴムは天然の珪石を原料とするケイ素をベースに化学合成された独自の物質です。この特異な分子構造により、耐熱性、耐寒性、耐候性、電気絶縁性といった相反するような特性を高いレベルで併せ持っており、自動車、電子機器、医療、建築、食品産業など、現代社会のあらゆる分野で不可欠な高機能エラストマーとして使用されています。
第1章:分子構造とシロキサン結合の強さ
シリコーンゴムの卓越した性能の根源は、その主鎖を形成するシロキサン結合すなわちSi-O結合の性質にあります。
結合エネルギーと耐熱性
有機ゴムの主骨格である炭素-炭素結合、C-C結合の結合エネルギーが1モルあたり約356キロジュールであるのに対し、シロキサン結合の結合エネルギーは約444キロジュールと、はるかに大きな値を持っています。 このエネルギー差は、熱的安定性に直結します。つまり、シリコーンゴムは熱エネルギーを与えられても結合が切断されにくく、分解温度が高いのです。一般的な有機ゴムが摂氏100度前後で劣化が始まるのに対し、シリコーンゴムは摂氏200度を超える環境下でもゴム弾性を維持し続けることができます。
らせん構造と耐寒性
シロキサン結合のもう一つの特徴は、結合角が大きく、原子間の回転が極めて自由であることです。これにより、シリコーン分子鎖はコイル状あるいはらせん状の構造をとりやすくなっています。 このバネのようならせん構造は、温度変化による影響を受けにくく、分子運動が凍結されにくいという性質をもたらします。そのため、ガラス転移点はマイナス120度付近と極めて低く、有機ゴムがカチカチに凍りつくような極低温環境でも柔軟性を保つことができます。
疎水性と表面特性
分子鎖の外側には、メチル基などの有機基が傘のように配置されています。メチル基は表面自由エネルギーが低いため、シリコーンゴム表面は水を弾く撥水性や、物が付着しにくい離型性を示します。 また、らせん構造の内側に酸素原子が隠れ、外側にメチル基が並ぶことで、化学的にも安定した不活性な表面を形成しています。
架橋メカニズムと硬化システム
シリコーンゴムは、重合された生ゴムの状態では粘度のある液体あるいは粘土状の物質であり、実用的な強度を得るためには、架橋反応によって分子鎖同士を結合させ、三次元網目構造を形成する必要があります。これを加硫あるいは硬化と呼びます。
有機過酸化物加硫
最も古くから用いられている標準的な架橋方法です。ベンゾイルパーオキサイドなどの有機過酸化物を配合し、加熱することでラジカルを発生させます。このラジカルがポリマー鎖のメチル基などから水素を引き抜き、生成したポリマーラジカル同士が結合して架橋点を形成します。 反応制御が容易で安価ですが、反応副生成物が発生するため、成形後にこれを除去するための二次加硫、ポストキュアが必要となる場合があります。また、副生成物による臭気が残ることもあります。
付加反応型加硫 プラチナ触媒
ビニル基を持つポリマーと、ヒドロシリル基を持つ架橋剤を、微量の白金系触媒の存在下で反応させる方法です。 この反応は副生成物を一切出さないため、寸法精度が高く、臭気もないクリーンな成形品が得られます。また、反応速度が速く、成形サイクルを短縮できるため、後述する液状シリコーンゴムの成形において主流となっています。ただし、硫黄やリン、窒素化合物などの触媒毒が存在すると、白金触媒が失活して硬化不良を起こすため、取り扱いには注意が必要です。
縮合反応型加硫 RTV
空気中の湿気、水分と反応して硬化するタイプです。室温加硫ゴム、RTVゴムと呼ばれます。 アセトンやアルコール、酢酸などを放出しながら徐々に硬化が進みます。主にシーリング材や接着剤、ポッティング材として使用されます。厚みのある製品の内部まで硬化させるには時間がかかるため、薄膜や表面コーティングに適しています。
物理的・電気的特性
シリコーンゴムは、単に熱に強いだけでなく、電気絶縁性や圧縮永久歪みといった機械的特性においても優れたパフォーマンスを発揮します。
電気絶縁性と耐アーク性
シリコーンゴムは体積抵抗率が高く、極めて優れた絶縁体です。また、高電圧がかかって放電した場合でも、主鎖がケイ素と酸素であるため、絶縁性のシリカが生成されるだけであり、有機ゴムのように導電性の炭素化路、トラックが形成されにくいという特徴があります。この耐トラッキング性や耐アーク性を活かし、高圧電線の碍子や絶縁カバーなどに使用されています。
圧縮永久歪み ヘタリにくさ
シール材やパッキンとして使用する場合、長時間圧縮された後に元の形状に戻る能力、すなわち圧縮永久歪みの小ささが重要です。 シリコーンゴムは、適切な加硫条件を選べば、高温下で長時間圧縮されてもヘタリが少なく、安定したシール性能を維持します。これは、シロキサン結合の化学的安定性と、架橋点の移動が少ないことに起因しています。
ガス透過性
分子間力が弱く、らせん構造の隙間が大きいため、気体分子が通りやすいという性質があります。酸素透過係数は天然ゴムの数十倍にも達します。 この特性は、コンタクトレンズや医療用の人工肺膜、青果物の鮮度保持フィルムなどに応用されていますが、真空装置のシール材として使用する場合には、ガス透過による真空度低下に注意する必要があります。
配合技術と補強フィラー
純粋なシリコーンポリマーだけを架橋しても、機械的強度は非常に低く、手で簡単にちぎれてしまいます。実用的なゴムとして使用するためには、補強性充填剤、フィラーの配合が不可欠です。
乾式シリカによる補強
最も一般的な補強材は、四塩化ケイ素などを燃焼させて作られるヒュームドシリカ、乾式シリカです。 粒径が数ナノメートルから数十ナノメートルと極めて微細で、表面積が大きいシリカ粒子を配合すると、ポリマーとシリカ表面の水酸基が水素結合によって強く相互作用します。これにより、引張強度が数十倍に跳ね上がります。透明性を維持したい場合は、比表面積が大きく純度の高いシリカが選定されます。
特殊機能の付与
シリコーンゴムは、配合剤によって機能を自在にカスタマイズできるベースポリマーとしての側面も持っています。 例えば、カーボンブラックや銀粉を配合すれば導電性ゴムになり、電磁波シールド材や接点ゴムとして使えます。酸化アルミニウムや窒化ホウ素を配合すれば放熱ゴムになり、CPUやパワー半導体の熱対策部品になります。 また、フッ素基を導入したフロロシリコーンゴムは、シリコーンの耐寒性とフッ素ゴムの耐油性を兼ね備えた材料として、航空機や自動車の燃料系シールに使用されています。
製造・成形プロセスの分類
シリコーンゴムの成形材料は、その性状と加工方法によって大きく二つに分類されます。
ミラブル型シリコーンゴム
高重合度のポリマーをベースとし、シリカなどの充填剤を配合した、粘土状のコンパウンドです。 従来の有機ゴムと同様に、二本ロールやバンバリーミキサーで練り合わせ、プレス成形や押出成形によって加工されます。機械的強度に優れるため、ホース、チューブ、パッキン、キーパッドなどの一般的なゴム製品に広く用いられます。High Temperature Vulcanizingの頭文字をとってHTVとも呼ばれます。
液状シリコーンゴム LSR
低粘度の液状ポリマーをベースとした材料です。 主剤と硬化剤の二液を混合し、射出成形機で金型に注入して加熱硬化させます。これをLIMS、液状射出成形システムと呼びます。 低圧で成形できるため、バリが出にくく、精密な成形が可能です。また、自動化による無人運転が容易で、硬化速度も速いため、大量生産に適しています。哺乳瓶の乳首やスマートフォンの防水パッキン、自動車用コネクタシールなどは、このLSRで製造されることが増えています。
低分子シロキサンと接点障害
シリコーンゴムを電気・電子部品に使用する際、最も注意しなければならない技術的課題が、低分子シロキサンによる接点障害です。
揮発と絶縁被膜の形成
シリコーンゴムの中には、反応に関与しなかった環状の低分子量シロキサンが微量に含まれています。これらは揮発性が高く、時間の経過と共にガスとなって外部へ放出されます。 このシロキサンガスが、リレーやモーター、スイッチなどの電気接点部に付着し、そこでアーク放電の熱を受けると、有機基が分解されて絶縁体のシリカ、二酸化ケイ素として堆積します。 このシリカ皮膜が接点間に介在することで、導通不良を引き起こす現象が接点障害です。
対策技術
この問題を防ぐために、メーカー各社は対策グレードを開発しています。 製造段階で減圧加熱処理を行い、低分子シロキサンを強制的に揮発除去した製品や、そもそも低分子成分が発生しにくい合成プロセスを採用した製品が供給されています。電子機器の設計においては、これらの低分子シロキサン低減品を選定するか、あるいは二次加硫を十分に行って揮発分を飛ばしておくことが必須の設計要件となります。
医療および食品分野への展開
シリコーンゴムは、生理的に不活性であり、生体適合性に優れているため、人体に直接触れる用途で圧倒的な信頼を得ています。
医療用グレード
血液を凝固させにくく、組織との癒着も少ないため、カテーテル、ドレインチューブ、人工乳房、ペースメーカーのリード線被覆などに使用されます。 医療用グレードのシリコーンゴムは、不純物の混入を極限まで排除し、細胞毒性試験や埋め込み試験などの厳しい生物学的安全性試験をクリアした材料です。
食品衛生法適合
無味無臭であり、食品に含まれる油や酸に対しても安定しているため、キッチン用品や食品工場の搬送ベルト、パッキンなどに多用されます。 ビスフェノールAなどの環境ホルモン物質を含まないため、乳幼児向けの製品にも安心して使用できる素材として定着しています。
未来への技術展望
シリコーンゴムは、完成された材料のように見えますが、先端技術の進化と共に新たな機能が求められ続けています。
光学用途と高透明シリコーン
LED照明や車載ディスプレイの普及に伴い、ガラスに匹敵する透明性と、熱や紫外線による黄変が全くない光学用シリコーン樹脂が開発されています。これは従来のゴムと樹脂の中間的な硬さを持ち、複雑な形状のレンズや導光板を射出成形で大量生産することを可能にしました。
ウェアラブルデバイスと伸縮導電材料
体に貼り付けるセンサーやスマートウォッチのバンドとして、肌に優しく、かつ動きに追従する柔軟性が求められています。 導電性フィラーの配合技術を進化させ、ゴムのように伸び縮みしても電気抵抗が変化しにくいストレッチャブル導電インクや配線材料としての開発が進んでいます。


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