ブローチ加工は、ブローチと呼ばれる、多数の切れ刃が直線状に連なった長尺の切削工具を用いて、工作物の内面あるいは外面を、工具の一回の直線通過のみで目的の形状に仕上げる、極めて高能率な機械加工法です。
その最大の特徴は、荒加工、中仕上げ加工、そして仕上げ加工という、通常は複数の工程を必要とする作業を、ブローチ工具の一回の引き抜き、あるいは押し込み動作だけで完了させてしまう、圧倒的な生産性にあります。
この「ワンパス」あるいは「ワンストローク」の加工は、特に自動車産業をはじめとする大量生産の分野において、キー溝やスプラインといった、複雑な内面形状を、高い精度で、かつ驚異的な速さで製造するための、不可欠な基幹技術となっています。
加工の原理:逐次切削による形状創成
ブローチ加工の核心は、ブローチ工具そのものが持つ、ユニークで精密な刃の配列にあります。
ブローチ工具の構造
ブローチは、一本の長い棒状の工具に、多数の切れ刃が、あたかも鋸の刃のように、ずらりと並んだ構造をしています。しかし、その切れ刃は全てが同じ高さではありません。工具の先端から末端に向かうにつれて、一刃ごとに、その高さが百分の一ミリメートル単位で、わずかずつ高くなるように設計されています。この一刃あたりの高さの差が、一刃当たりの切削量となります。
ブローチ工具は、大まかに以下の三つの部分から構成されています。
- 荒刃: 工具の前半部分にあり、一刃当たりの切削量が大きく設定されています。ここで、加工代の大部分が、効率よく除去されます。
- 中仕上げ刃: 工具の中間部分です。荒刃よりも切削量が小さくなり、加工面の精度と面粗さを整えていきます。
- 仕上げ刃: 工具の末尾部分にあり、最後の数枚の刃は全て同じ高さになっています。この部分では、切削というよりも、加工面を擦って滑らかに仕上げるサイジングやバニシングに近い作用が行われ、最終的な寸法精度と、美しい仕上げ面が創り出されます。
逐次切削プロセス
内面ブローチ加工を例にとると、まず、加工したい形状の下穴が、あらかじめ工作物にあけられています。
- ブローチの先端にある、切れ刃のない案内部分(パイロット)を、この下穴に通します。
- ブローチ盤と呼ばれる専用の工作機械が、ブローチの端を掴み、強力な力で、一定の速度で引き抜いていきます。
- ブローチが引き抜かれるにつれて、まず、最初の最も低い荒刃が、下穴の内壁に食い込み、ごく薄い切りくずを削り取ります。
- 次に、そのすぐ後ろにある、一段高い刃が、さらに薄い切りくずを削り取ります。
- この、切れ刃による逐次的な切削が、ブローチ工具の全長にわたって連続的に行われます。
- そして、最後の仕上げ刃が通過した時点で、下穴は完全に目的の形状と寸法、そして仕上げ面に加工されて、一つの製品が完成します。
この全工程が、わずか数十秒という、極めて短い時間で完了します。
ブローチ加工の種類
- 内面ブローチ加工: ブローチ加工の中で最も一般的なもので、穴の内側に形状を創成します。代表的な加工例は以下の通りです。
- キー溝: 軸と歯車を固定するキーのための一本溝を加工します。
- スプライン: 多数の溝が連なった、歯車状のセレーションやスプラインを加工します。
- 異形穴: 丸い下穴から、四角形や六角形、あるいはさらに複雑な非円形の穴を、一度の工程で創り出します。
- 外面ブローチ加工: 工作物の外面に、平坦面や溝形状を加工する方法です。自動車のエンジンブロックの上面のような、広い平面を一度に仕上げるためなどに用いられます。
ブローチ加工の長所と短所
長所
- 圧倒的な生産性: 前述の通り、一つの形状を完成させるまでのサイクルタイムが極めて短く、大量生産において、その生産性は他の追随を許しません。
- 高い加工精度と繰り返し性: 加工される形状と寸法は、全てブローチ工具の形状によって決定されます。そのため、一度機械が設定されれば、作業者の熟練度に関わらず、誰が作業しても、常に同じ品質の製品を、安定して生産することができます。
- 工程集約: 荒加工から仕上げ加工までを一つの工程で完結できるため、複数の工作機械や段取り替えが不要となり、生産ライン全体を簡素化できます。
短所
- 工具が非常に高価: ブローチ工具は、その複雑で精密な形状から、製造に多大なコストと時間を要し、切削工具の中でも最も高価なものの一つです。
- 汎用性が全くない: 一つのブローチ工具は、基本的に一つの特定の形状・寸法の加工にしか使用できません。設計変更があれば、その都度、高価な工具を新たに製作する必要があります。
- 高い初期投資: ブローチ盤自体も、特殊で高価な工作機械です。
これらの理由から、ブローチ加工は、工具や設備のコストを、膨大な生産数量によって十分に償却できるような、大規模な大量生産以外では、経済的に成立しません。試作品や少量生産には、全く不向きな加工法です。
まとめ
ブローチ加工は、切れ刃を逐次的に作用させるという、巧妙な「ワンパス」の原理に基づき、複雑な形状を、高い精度で、かつ圧倒的な速度で創り出す、大量生産に特化した切削加工技術です。
その工具費の高さから適用範囲は限定されるものの、自動車のトランスミッション部品に代表されるような、同一形状の部品を、何十万、何百万個と生産する現場において、ブローチン加工は、品質、コスト、そして生産性のすべてを高いレベルで満たすことができる、唯一無二の、そして最強のソリューションなのです。
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