絞り加工は、一枚の平らな金属板であるブランクに対し、パンチとダイと呼ばれる金型を用いて圧力を加え、継ぎ目のない底付きの容器状、すなわちカップ状に成形する塑性加工法です。英語ではディープドローイングと呼ばれます。
この加工法は、アルミニウム製の飲料缶から自動車のボディパネル、ステンレス製の台所シンク、さらにはリチウムイオン電池のケースに至るまで、現代の工業製品の製造において極めて広範囲に利用されています。その工学的な本質は、金属材料が持つ展延性を利用し、材料を破断させることなく流動させ、二次元の平面を三次元の立体へと幾何学的に変換するプロセスにあります。
加工の基本原理と塑性変形メカニズム
絞り加工のプロセスは、単純に板を曲げているわけではありません。それは材料のダイナミックな流動現象です。
応力状態と材料の流動
絞り加工において、金属板は主に三つの領域で異なる応力状態に置かれます。 第一に、パンチの底面と接しているパンチ底部です。ここは加工の初期段階ではあまり変形せず、パンチの動きを材料全体に伝える役割を果たします。 第二に、ダイの穴へと引き込まれていくフランジ部です。ここが絞り加工の最も重要な変形領域です。円形のブランクがより小径のダイ穴に引き込まれる際、円周方向の長さは強制的に縮められます。したがって、フランジ部には円周方向の強い圧縮応力が作用します。同時に、ダイ穴へ向かう半径方向には引張応力が作用します。この圧縮と引張の組み合わせにより、材料は半径方向に伸び、円周方向に縮みながらダイの中へと流動していきます。 第三に、パンチ側面とダイ側面の間の側壁部です。ここは、フランジ部をダイ穴へ引き込むための引張力を伝達する役割を担います。したがって、側壁部には軸方向の強い引張応力が作用します。
体積一定則と板厚変化
塑性加工の基本原則である体積一定則により、加工前後で材料の体積は変わりません。 フランジ部は円周方向に圧縮されるため、逃げ場を失った材料は板厚が増加する方向へ流動します。つまり、絞り加工が進むにつれてフランジ端部の板厚は元の板厚よりも厚くなります。 一方、側壁部、特にパンチの角部付近は強い引張力を受けるため、板厚は減少する傾向にあります。 この板厚の増減、すなわち厚くなるフランジ部をいかにスムーズにダイの中へ流し込み、薄くなる側壁部がいかに破断に耐えるかというバランスこそが、絞り加工の成否を決定づける力学的核心です。
成形限界と限界絞り比
一枚の板から一度の加工でどれだけ深い容器を作れるかという能力を示す指標として、限界絞り比、略称LDRが用いられます。
限界絞り比 LDR の定義
LDRは、破断せずに絞り加工が可能な最大のブランク直径を、パンチ直径で割った値として定義されます。 一般的に、鋼板やアルミニウム合金などの金属材料におけるLDRは、概ね2.0から2.2程度の値をとります。これは、パンチ直径の約2倍の直径を持つ円板までなら、一度でカップに成形できることを意味します。これを超える深さや大きさの加工を行おうとすると、側壁部が引張力に耐え切れずに破断してしまいます。
深絞り性の支配因子
LDRを向上させる、つまりより深く絞るためには、二つのアプローチが必要です。 一つは、フランジ部が変形する際の抵抗、すなわち変形抵抗と摩擦抵抗を可能な限り小さくすることです。 もう一つは、側壁部が破断に至るまでの強度、すなわち耐荷重能を高くすることです。 フランジは流れやすく、側壁は強く耐える。この条件を満たすために、材料特性の選定や潤滑条件の最適化が行われます。
主要な工具要素とプロセスパラメータ
絞り加工を遂行するためには、パンチ、ダイ、そしてしわ押さえと呼ばれるブランクホルダーの三つの工具要素が不可欠です。
しわ押さえ(ブランクホルダー)の機能
フランジ部に作用する円周方向の圧縮応力は、材料が薄い場合、座屈現象を引き起こします。これがしわの発生原因です。 これを防ぐために、フランジ部を上下から挟み込んで押さえつけるのがしわ押さえの役割です。この押さえ力、すなわちしわ押さえ力BHFの制御は極めて重要です。 BHFが弱すぎると座屈によるしわが発生します。逆に強すぎると、摩擦抵抗が増大して材料がダイ穴へ流れ込みにくくなり、側壁部での破断を引き起こします。現代のプレス機では、加工の進行に合わせてBHFを変動させる可変しわ押さえ技術なども導入されています。
ダイ肩半径とパンチ肩半径
ダイの入り口にある角の丸み、ダイ肩半径は、材料の流入抵抗に直結します。半径が小さすぎると曲げ抵抗と摩擦抵抗が増大し、破断の原因となります。大きすぎるとしわ押さえが効かない領域が増え、しわの原因となります。一般に板厚の4倍から10倍程度が選定されます。 パンチ先端の角の丸み、パンチ肩半径も重要です。ここが鋭すぎると応力が集中して底抜け破断の原因となり、大きすぎると成形初期の接触面積が小さくなり不安定になります。
クリアランス
パンチとダイの隙間であるクリアランスは、通常、元の板厚にわずかな余裕を加えた値に設定されます。 クリアランスが板厚より小さいと、材料はパンチとダイの間で強制的に引き伸ばされ、しごき加工と呼ばれる状態になります。これは寸法精度を向上させますが、加工荷重は増大します。逆にクリアランスが大きすぎると、テーパー状の形状不良が発生しやすくなります。前述の通り、フランジ部は加工が進むと板厚が増加するため、これを考慮したクリアランス設定、あるいはクリアランスよりも厚くなった部分をしごいて薄くする工程設計が必要です。
発生する欠陥とその工学的対策
絞り加工は、引張と圧縮が混在する複雑な加工であるため、様々な欠陥が発生するリスクがあります。
1. 破断(割れ)
最も致命的な欠陥であり、材料の引張強さを超える応力が作用した時に発生します。 主にパンチ肩部付近の側壁で発生します。対策としては、しわ押さえ力を下げる、潤滑性を向上させる、ダイ肩半径を大きくする、あるいは延性の高い材料に変更するといった方法があります。
2. しわ(フランジリンクル)
フランジ部での座屈現象です。しわ押さえ力を上げることで抑制できますが、破断とのトレードオフになります。これを回避するために、円錐状や半球状の突起であるドロービードを金型に設け、材料の流動にブレーキをかけつつ張力を付与する技術も多用されます。
3. 耳(イヤリング)
成形後のカップの縁が平坦にならず、山と谷ができる現象です。これは材料の結晶方位による性質の異なり、すなわち面内異方性に起因します。圧延方向とそれに対して45度方向、90度方向で材料の伸びやすさが異なるために発生します。これを防ぐには、異方性の少ない材料を選定するか、あるいは耳が発生することを見越して大きめのブランクを使用し、後工程で縁を切断するトリミングを行う必要があります。
4. スプリングバック
成形終了後に圧力を解除すると、材料の弾性回復によって形状がわずかに戻る現象です。寸法精度の悪化を招きます。高張力鋼板など強度の高い材料ほど顕著に現れます。対策としては、見込み補正をした金型設計や、成形下死点で強く加圧するリストライク工程の追加などが行われます。
材料科学的視点と潤滑工学
絞り加工に適した材料特性と、トライボロジーの重要性について解説します。
ランクフォード値(r値)
絞り加工性を支配する最も重要な材料パラメータがランクフォード値、通称r値です。 これは、引張試験における板幅方向の対数ひずみと、板厚方向の対数ひずみの比として定義されます。 工学的には、r値が大きい材料ほど、板厚方向には変形しにくく、板幅方向には変形しやすいことを意味します。つまり、絞り加工中に板厚が減少しにくいため、破断に対する抵抗力が高くなります。冷延鋼板などのr値が高い材料は深絞り性に優れ、逆にr値が低い材料は絞り加工には不向きです。
加工硬化指数(n値)
材料を引っ張った時の硬化の度合いを示すn値も重要です。n値が大きい材料は、局所的に変形した部分が硬化してそれ以上の変形を止め、他の部分へ変形を伝播させる能力が高いため、均一に伸びる性質があります。これは主に張り出し成形性に関与しますが、絞り加工においても破断遅延効果として寄与します。
潤滑と摩擦制御
絞り加工において、摩擦は制御すべき変数です。 フランジ部とダイ面、しわ押さえ面の間には、材料をスムーズに流すために低摩擦な状態、すなわち流体潤滑に近い状態が求められます。 一方、パンチと材料の接触面においては、逆に摩擦が高い方が有利な場合があります。パンチとの摩擦が高ければ、パンチ底部の材料が滑らずに固定され、側壁部へ破断の危険な張力が伝わるのを軽減できるからです。このように、場所によって摩擦係数を変える潤滑戦略がとられることもあります。
応用技術と先端プロセス
基本的な円筒絞りを超えて、より高度な要求に応えるための技術が開発されています。
再絞り加工
LDRの限界を超えて、さらに深く細い容器を作る場合、一度絞ったカップをさらに小径のダイに押し込んで絞り直す再絞り加工が行われます。これにより、直径に対する深さの比が非常に大きい製品を製造できます。
しごき加工(アイオニング)
絞り加工と同時に、側壁部の板厚を強制的に薄く延ばす加工です。 代表例はアルミ飲料缶であるDI缶です。厚い板からカップを作り、その側壁をしごいて極限まで薄くすることで、材料使用量を削減しつつ、必要な強度と容量を確保しています。
対向液圧成形
ダイの中に満たした液体の圧力を利用して成形する方法です。パンチの進行に伴い液圧を高めることで、材料をパンチに押し付ける力を発生させ、側壁部の破断を抑制しながら限界絞り比を飛躍的に向上させることができます。また、複雑な形状の成形も可能です。
温間・熱間絞り
マグネシウム合金やチタン合金、超高張力鋼板など、室温での成形が困難な難加工材に対しては、材料または金型を加熱して成形する温間・熱間絞りが適用されます。材料の軟化と延性向上を利用することで、成形荷重を低減し、成形限界を拡大させます。
結論
絞り加工は、単純な見た目に反して、応力とひずみの複雑な相互作用、材料の結晶構造に由来する異方性、そして金型と材料間の摩擦挙動といった、多岐にわたる工学的要素が絶妙なバランスで成立している加工法です。
自動車の軽量化に伴う高張力鋼板の適用拡大や、電気自動車用バッテリーケースの需要増など、絞り加工技術への要求は高度化し続けています。シミュレーション技術CAEの活用による金型開発の迅速化や、サーボプレスによる成形速度の自在な制御など、ハードとソフトの両面からの技術革新により、絞り加工は今後もモノづくりの基盤技術として進化し続けるでしょう。

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