
機械要素の基礎:歯車
歯車は、次々と噛み合う歯によって、回転運動や動力をある軸から別の軸へと確実に伝達する機械要素です。人類の歴史において、車輪の発明に次ぐ重要な発明の一つとされ、古代の揚水機から現代の電気自動車、精密時計、巨大な風力発電機に至るまで、あらゆる機械システムの心臓部として機能しています。
摩擦車やベルト伝動が摩擦力に依存して動力を伝えるのに対し、歯車は歯の噛み合いという幾何学的な拘束によって動力を伝達します。そのため、滑りがなく、正確な回転比を維持できることが最大の特徴です。しかし、その設計と製造には、幾何学、材料力学、トライボロジー、振動工学といった多岐にわたる知識が凝縮されており、極めて高度な技術的背景を持っています。
歯車理論とインボリュート曲線
歯車が単に凸凹のある円盤ではなく、精密機械要素たり得るのは、その歯の形に数学的な裏付けがあるからです。
接触の基本法則
二つの物体が接触しながら回転運動を伝える際、その角速度比を一定に保つためには、接触点における共通法線が、常に中心線上の定点(ピッチ点)を通過しなければならないという幾何学的な定理があります。これを歯形の噛み合いの基本法則と呼びます。もしこの条件が満たされないと、入力側が等速で回っていても、出力側は一歯ごとに加速と減速を繰り返すことになり、激しい振動と騒音が発生して使い物になりません。
インボリュート歯形の優位性
この基本法則を満たす曲線はいくつか存在しますが、現代の産業用歯車の99パーセント以上で採用されているのがインボリュート曲線です。 インボリュート曲線とは、基礎円と呼ばれる円筒に巻き付けた糸を、弛ませずに解いていくときに、糸の端点が描く軌跡のことです。 この曲線が採用される最大の理由は、中心距離に対する許容性にあります。機械の組立誤差や熱膨張、軸受の摩耗などにより、二つの歯車の中心間距離が設計値から多少ずれることは避けられません。インボリュート歯車の場合、中心距離が変化しても、回転の角速度比が変化しないという特異な性質を持っています。これにより、多少のアバウトさを許容しつつ、滑らかな回転伝達が可能となるのです。
圧力角と作用線
インボリュート歯車において、接触点は常に基礎円の共通接線上を移動します。この直線を作用線と呼び、作用線とピッチ円の共通接線がなす角度を圧力角と呼びます。 現在は圧力角20度が標準ですが、かつては14.5度が使われていました。圧力角を大きくすると歯元の厚みが増して強度が上がりますが、軸受にかかる荷重が増えるというトレードオフがあります。
歯車の幾何学と用語
歯車の大きさを表す指標として、モジュールという単位が用いられます。
モジュールとピッチ円
モジュールは、ピッチ円直径を歯数で割った値です。つまり、歯の大きさそのものを示す指標であり、モジュールが同じ歯車同士でなければ噛み合うことはできません。 ピッチ円とは、摩擦車として動力を伝えると仮定した場合の接触円に相当します。このピッチ円上で測った隣り合う歯の間隔を円ピッチと呼びます。
バックラッシの必要性
理想的な幾何学形状では、歯と歯の隙間はゼロですが、実際にはバックラッシと呼ばれる意図的な隙間が必要です。 これは、加工誤差や組立誤差を吸収するためだけでなく、運転中の熱膨張による寸法変化を逃がし、さらに潤滑油膜を形成するためのスペースとして不可欠です。バックラッシが不足すると、歯同士が突っ張ってしまい、過大な荷重が発生して焼き付きや破損を引き起こします。逆に大きすぎると、回転方向が反転する際の位置決め誤差や、騒音の原因となります。
アンダーカットと転位
歯数が少ない歯車(標準的には17枚以下)を作ろうとすると、歯の根元がえぐり取られる現象、アンダーカットが発生します。これは歯形を生成する際の幾何学的な干渉によるもので、歯元の強度が著しく低下します。 これを防ぐために、工具の位置をあえてずらして歯切りを行う転位という手法が採られます。転位歯車は、アンダーカットの防止だけでなく、中心距離の微調整や、噛み合い率の向上、強度のバランス調整など、設計の自由度を広げる重要な技術です。
歯車の種類と特性
軸の配置によって、歯車は大きく三つのカテゴリーに分類されます。
平行軸歯車
二つの軸が平行な場合に使用されます。 平歯車は、歯すじが軸と平行な最も基本的な歯車です。製作が容易ですが、歯全体が同時に接触するため、騒音が大きくなる傾向があります。 はすば歯車は、歯すじを螺旋状にねじったものです。歯が端から徐々に噛み合い始めるため、振動や騒音が少なく、強度も高くなります。現代の自動車のトランスミッションなどはほとんどがこのタイプです。ただし、ねじれ角に起因して軸方向に推力(スラスト力)が発生するため、これを受け止める軸受が必要になります。 やまば歯車は、左右のねじれ角を持つはすば歯車を組み合わせた形状で、スラスト力を相殺することができます。
交差軸歯車
二つの軸が一点で交わる場合に使用されます。 傘歯車は、円錐面上に歯を刻んだもので、直交する軸間での動力伝達に用いられます。歯すじが直線のすぐば傘歯車と、曲線状のまがりば傘歯車があります。まがりば傘歯車は、はすば歯車と同様に静粛性が高く、自動車のデファレンシャルギアなどに多用されます。
食い違い軸歯車
二つの軸が平行でもなく、交わりもしない場合に使用されます。 ウォームギヤは、ねじ状のウォームと歯車状のウォームホイールの組み合わせです。1段で極めて大きな減速比が得られ、かつ静粛です。また、条件によっては出力側から入力側を回せないセルフロック性を持たせることができます。ただし、歯面が滑り接触主体であるため、伝達効率は低く、発熱対策が重要です。 ハイポイドギヤは、まがりば傘歯車の軸をオフセットさせたものです。傘歯車とウォームギヤの中間的な性質を持ち、自動車の駆動軸において、床高を下げるためにプロペラシャフトの位置を下げる目的で開発されました。
遊星歯車機構
限られたスペースで大きな減速比を得るために、あるいは同軸上で動力を変速・分配するために、遊星歯車機構が広く利用されています。
構成要素
中心にある太陽歯車、その周りを自転しながら公転する複数の遊星歯車、それらを内側で受ける内歯車、そして遊星歯車の軸を支えるキャリアの4要素から構成されます。
動作原理
これらの要素のうち、どれを固定し、どれを入力・出力にするかによって、減速、増速、逆転など様々な動作モードを作り出すことができます。 例えば、内歯車を固定し、太陽歯車を入力、キャリアを出力とすれば、大きな減速比が得られます。 遊星歯車機構は、複数の歯車で荷重を分担するため、小型でありながら大トルクを伝達できるという利点があります。オートマチックトランスミッションや、ハイブリッド車の動力分割機構、風力発電機の増速機など、高密度な動力伝達が求められる箇所の主役です。
材料と熱処理
歯車は、歯面に高い面圧を受けながら滑り摩擦に晒され、同時に歯元には繰り返しの曲げ応力がかかるという、極めて過酷な環境で使用されます。したがって、材料選定と熱処理は性能を決定づける最重要因子です。
鉄鋼材料
一般構造用圧延鋼材から、機械構造用炭素鋼、クロムモリブデン鋼などの合金鋼まで幅広く使用されます。 高負荷がかかる歯車には、低炭素合金鋼を用い、浸炭焼き入れを行うのが一般的です。これは、表面に炭素を浸透させて硬くすることで耐摩耗性を高め、内部は低炭素のままで靭性(粘り強さ)を保つという理想的な傾斜機能を持たせる処理です。 また、中炭素鋼を用いて、高周波焼き入れを行う場合もあります。これは歯の輪郭に沿って急速加熱・急冷を行うもので、歪みが比較的少なく、大型歯車に適しています。
樹脂材料
ポリアセタールやナイロンなどのエンジニアリングプラスチックを使用した樹脂歯車は、軽量で自己潤滑性があり、錆びず、静粛性に優れるため、事務機器や家電製品、自動車の補機類などで普及しています。強度は金属に劣りますが、炭素繊維などを強化材として配合することで、金属代替が可能なレベルまで高性能化が進んでいます。
製造プロセスの技術
歯車の製造方法は、除去加工と成形加工に大別されます。
歯切り加工
最も一般的なのは、ホブ盤による創成加工です。ねじ状の刃物であるホブと、素材を同期回転させながら切り込むことで、インボリュート歯形を連続的に削り出します。生産性が高く、精度も安定しています。 内歯車や、段付き歯車のようにホブが使えない形状には、ピニオンカッターを用いたギヤシェーパ加工が用いられます。
仕上げ加工
焼入れ後の歯車は、熱処理による歪みが生じています。これを修正し、さらに表面粗さを向上させるために、歯車研削盤による研削加工が行われます。近年では、砥石技術とNC制御の進化により、鏡面のような仕上げ面とミクロンオーダーの精度を持つ歯車が量産されています。 また、スカイビング加工という、シェーパ加工とホブ加工の利点を合わせたような高速切削技術も実用化され、特に内歯車の高精度・高能率加工に革新をもたらしています。
焼結と鍛造
金属粉末を型に入れて焼き固める焼結法や、熱間・冷間での鍛造法は、切削加工を必要としないネットシェイプ成形として、大量生産される自動車用歯車などで採用されています。材料歩留まりが良く、強度も確保できます。
強度計算と損傷モード
歯車の寿命を予測し、破損を防ぐために、曲げ強さと歯面強さの二つの観点から強度計算が行われます。
歯元曲げ強さ
歯を片持ち梁と見なし、根元にかかる曲げ応力が材料の疲労限度を超えないように設計します。これが不足すると、歯が根元から折損する疲労破壊に至ります。 対策としては、モジュールを大きくする、圧力角を大きくする、転位係数を調整して歯元を太くする、あるいは材料の強度を上げるといった手法がとられます。
歯面強さ(面圧強さ)
接触点におけるヘルツ応力(接触面圧)が許容値を超えないように設計します。これが不足すると、歯面にピッチングと呼ばれる微細なクレーター状の剥離が発生します。これは表面疲労の一種です。 さらに、潤滑油膜が破断して金属同士が直接接触し、高温になって溶着と引き剥がしが起こるスコーリングという現象もあります。 これらを防ぐには、歯面の硬度を上げる、歯車を大きくして曲率半径を大きくする、あるいは潤滑油の粘度や極圧添加剤を見直す必要があります。
トライボロジーと潤滑理論
歯車の噛み合い点では、転がり接触と滑り接触が同時に発生しています。ピッチ点でのみ純粋な転がりとなり、歯先や歯元に行くほど滑り速度が大きくなります。
弾性流体潤滑 EHL
高荷重下の歯車潤滑においては、弾性流体潤滑理論が適用されます。 接触面圧が極めて高いため、潤滑油の粘度は圧力によって指数関数的に増大し、固体に近い状態になります。同時に、金属表面も弾性変形して接触面積が広がります。この二つの作用によって、過酷な条件下でも数ミクロンの油膜が形成され、金属接触を防いでいるのです。
修整(マイクロジオメトリ)
負荷がかかると歯はたわみ、軸もねじれます。これにより、歯当たりの分布が偏り、局所的に過大な荷重がかかること(片当たり)があります。 これを防ぐために、あらかじめ歯の形状をミクロン単位で削り込んでおくクラウニングやエンドレリーフといった歯形修整が行われます。これは、負荷がかかった状態で最適に変形し、均一に接触するように計算された高度な技術です。


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