機械要素の基礎:オイルシール

機械要素

オイルシールは、自動車のエンジンやトランスミッション、産業用ロボット、建設機械、家電製品に至るまで、回転軸を持つあらゆる機械装置において不可欠な機能部品です。その役割は、機械内部の潤滑油やグリースなどの流体が外部へ漏れ出すのを防ぐと同時に、外部からの水や埃、土砂といった異物が内部へ侵入するのを阻止することです。

わずか数百円から数千円程度の小さなゴム部品ですが、この部品が一つ機能不全に陥るだけで、巨大なプラントが停止したり、自動車が走行不能になったりするほど、機械システムの信頼性を左右する重要な要素です。Oリングなどの固定用シール(ガスケット)とは異なり、高速で回転する軸と接触しながらシール機能を維持しなければならないため、その設計にはトライボロジー(摩擦・摩耗・潤滑の科学)、材料力学、流体力学といった高度な物理法則が適用されています。


基本構造と各部の機能

オイルシールの構造は、一見単純なリング状のゴムに見えますが、それぞれの部位が明確な役割を持った複合構造体です。一般的には、補強環と呼ばれる金属製のリングに、加硫接着によって合成ゴムを一体成形した構造をしています。

リップ部

シールの要となる部分であり、軸表面と直接接触して流体を密封します。 最も重要なのが主リップあるいはシールリップと呼ばれる部分です。断面形状を見ると鋭角な楔形をしており、軸に対して線接触することで高い面圧を発生させます。この楔形の角度は、油側(密封対象側)と大気側で非対称に設計されています。

通常、油側の角度は大きく、大気側の角度は小さく設定されます。この角度差が、後述する密封原理において決定的な役割を果たします。 また、主リップの外側には、外部からの異物侵入を防ぐための副リップ、通称ダストリップが設けられることが一般的です。ダストリップは主リップとは異なり、軸との接触圧は低く設定され、発熱を抑えつつ異物を弾く役割を担います。

ばね(ガータースプリング)

主リップの周囲には、金属製のコイルばねが装着されています。 ゴム自身の弾性だけでは、長期間の使用によるヘタリ(永久歪み)や熱による弾性低下により、軸への締め付け力(緊迫力)が不足してしまいます。このばねは、ゴムの弾性を補い、長期間にわたって安定した締め付け力を維持し、軸の偏心に対する追随性を確保するために不可欠な要素です。

はめあい部と金属環

オイルシールをハウジング(ケース)に固定するための外周部分です。 金属環(メタルケース)は、ゴムの剛性を補強し、ハウジングへの圧入を確実にする役割を果たします。外周がゴムで覆われているタイプと、金属が露出しているタイプがあり、使用環境やハウジングの材質、シール性への要求度によって使い分けられます。


密封メカニズムの物理

オイルシールが流体を漏らさないのは、単にゴムで隙間を塞いでいるからではありません。回転時には、リップと軸の間にミクロンオーダーの極めて薄い油膜が形成され、流体力学的な作用によって漏れを制御しています。

メニスカスと表面張力

軸が停止しているときは、リップの締め代とばね荷重による接触面圧によって、物理的に隙間をなくし漏れを防いでいます。しかし、軸が回転を始めると、リップと軸の間には流体が引き込まれ、薄い潤滑膜が形成されます。 このとき、大気側の接触端部では、油と空気の界面に表面張力が働き、メニスカスと呼ばれる曲面が形成されます。このメニスカスがダムのような役割を果たし、油が外へ漏れ出そうとするのを食い止めます。

吸引作用(ポンピング作用)

最も興味深い物理現象が、回転に伴う自己吸引作用です。 前述の通り、シールリップの角度は油側が急勾配、大気側が緩勾配になっています。これにより、接触面圧の分布は油側で高く、大気側に向かってなだらかに低下する非対称な分布となります。 軸が回転すると、リップ表面の微細な凹凸やゴムの粘弾性変形によって、油膜内部に圧力勾配が生じます。

この圧力分布と接触幅内のせん断流れの相互作用により、流体は大気側から油側へと押し戻される力が働きます。これをポンピング作用と呼びます。 つまり、オイルシールは単なる栓ではなく、微小なポンプとして機能しており、漏れ出そうとする油を能動的に内部へ押し戻し続けているのです。この機能が働くためには、適切な油膜の存在と、リップ先端の形状維持が絶対条件となります。


材料科学と選定基準

オイルシールの性能と寿命は、使用されるゴム材料の特性に大きく依存します。使用温度、対象流体の種類、周速などの条件に合わせて最適な材料を選定する必要があります。

ニトリルゴム NBR

最も一般的で安価な材料です。 アクリロニトリルとブタジエンの共重合体であり、耐油性と耐摩耗性に優れています。アクリロニトリルの含有量を変えることで、耐油性と耐寒性のバランスを調整できます。一般的な鉱物油やグリースには適していますが、耐熱性は摂氏100度から120度程度が限界であり、高温環境や特殊な添加剤を含む油には不向きです。

アクリルゴム ACM

耐熱性と耐油性のバランスが良い材料です。 特に、自動車のエンジンオイルやトランスミッションオイルに含まれる硫黄系や塩素系の極圧添加剤に対して優れた耐性を示します。そのため、デファレンシャルギアやトランスミッションのシールとして多用されます。ただし、耐寒性や耐水性はNBRに劣るため、寒冷地仕様や水回りでの使用には注意が必要です。

フッ素ゴム FKM

耐熱性、耐薬品性、耐油性のすべてにおいて最高レベルの性能を持つ高機能材料です。 摂氏200度を超える高温環境や、ガソリン、酸、溶剤といった過酷な流体に対して安定した性能を発揮します。かつては高価な材料でしたが、近年のエンジンの高出力化や長寿命化の要求に伴い、クランクシャフトシールやバルブステムシールなどでの採用が標準化しています。

シリコーンゴム VMQ

耐熱性と耐寒性の両方に優れ、非常に広い温度範囲で使用できる材料です。 しかし、引裂き強さなどの機械的強度が低く、耐油性も他の材料に比べて劣るため、回転軸用のオイルシールとして使用されるケースは限定的です。主にエンジンのクランクシャフトのねじりダンパーなど、油と接触しない部位や、極低温環境で使用されます。


軸表面のトポグラフィー

オイルシールは軸とペアで機能するため、軸側の表面状態管理もシール性にとって決定的な要因となります。

硬度と表面粗さ

リップは常に軸と擦れ合っているため、軸表面が柔らかいと、ゴムよりも硬い軸の方が摩耗してしまうという現象が起きます。 これを防ぐため、軸のシール接触部は高周波焼入れや浸炭焼き入れによって硬化処理を施すのが一般的です。 また、表面粗さも重要です。粗すぎるとリップの摩耗が早まり、滑らかすぎると潤滑油を保持する微細なポケットがなくなり、油膜切れによる焼き付きやスティックスリップの原因となります。適切な粗さに仕上げる必要があります。

研削リードの禁止

軸の仕上げ加工において最も警戒すべき欠陥が、研削リードあるいは加工目です。 円筒研削盤で軸を仕上げる際、砥石の送り速度と軸の回転速度の関係によって、目に見えない微細な螺旋状の溝が形成されることがあります。これがねじポンプのような働きをし、軸の回転方向によっては、内部の油を強力に外部へ排出し、漏れを引き起こします。 これを防ぐためには、砥石を送りなしで回転させるスパークアウト加工を行ったり、プランジ研削を採用したりして、実質的なリード角をゼロにする必要があります。


トライボロジーと摩擦損失

近年の環境規制や省エネルギー化の要求により、オイルシールにも低摩擦化が強く求められています。

摩擦と発熱

リップと軸の接触部では、粘性抵抗と境界潤滑による摩擦が発生します。この摩擦力は動力損失となるだけでなく、摩擦熱を発生させます。 ゴムは熱伝導率が低いため、発生した熱は蓄積されやすく、リップ先端の温度は雰囲気温度よりも数十度高くなることがあります。この熱によりゴムの硬化や亀裂が進行し、寿命を縮めます。

低フリクション技術

摩擦を低減するために、様々な技術開発が行われています。 材料面では、自己潤滑性を持つ固体潤滑剤や、低摩擦フィラーを配合したゴムが開発されています。 形状面では、リップの接触幅を極限まで狭く設計したり、接触面に特殊なテクスチャ(微細な突起や溝)を付与して流体潤滑膜の形成を促進させたりする手法が採られています。特に電気自動車のモーターなど、1万回転を超える高速回転領域では、これらの低フリクション技術が必須となります。


故障モードと解析

オイルシールの漏れトラブルが発生した場合、外したシールを観察することで原因を特定することができます。

リップの硬化と摩耗

リップ先端がカチカチに硬化し、弾力を失っている場合は、熱による劣化が原因です。摩擦熱が過大であったか、あるいは使用温度限界を超えた環境であったことが疑われます。また、リップの接触幅が異常に広がっている場合は、過度な摩耗や軸の振れ、あるいは内圧過多が考えられます。

膨潤と軟化

ゴムがブヨブヨに膨らんで柔らかくなっている場合は、使用している油とゴム材料の化学的適合性が悪いことによる膨潤劣化です。特にエステル系の合成油や、特殊な添加剤を含む油を使用する場合は、事前の適合性試験が不可欠です。

傷と打痕

リップ先端に軸方向の微細な傷がある場合は、異物の噛み込みが原因です。一方、組み付け時に軸のキー溝やスプラインを通す際、養生を行わずに無理に通すと、リップに切り傷がつき、初期漏れの原因となります。これは製造現場で最も多いトラブルの一つです。


特殊なオイルシールと応用技術

標準的なタイプ以外にも、特定の用途に特化した高機能なオイルシールが存在します。

カセットシール(ハブシール)

建設機械や農業機械の車軸など、泥水や土砂が激しく降りかかる環境で使用されるシールです。 オイルシール自体に、相手となる軸の役割を果たすスリーブや、迷路のようなラビリンス構造を持ったダストカバーを一体化させた複合ユニットです。軸の摩耗を防ぎ、かつ極めて高い防塵防水性能を発揮します。

PTFEシール

ゴムの代わりに、低摩擦で耐薬品性に優れたPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)樹脂をリップに使用したシールです。 ゴムのような弾性がないため、ばねの代わりに樹脂の形状記憶特性や板ばねを利用します。潤滑油が少ないドライ環境や、ゴムを溶かすような溶剤、超高速回転など、ゴム製シールでは対応不可能な領域で使用されます。

圧力対応シール

通常のオイルシールは0.03メガパスカル程度までの圧力しか耐えられませんが、油圧ポンプやモーターなど高圧がかかる部位には、リップの肉厚を増やし、補強環の形状を工夫して変形を抑えた耐圧型シールが使用されます。

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