けがきとは、機械加工の第一工程として、工作物の表面に加工の基準となる線や点を作図する作業です。
設計図面に描かれた二次元の幾何学情報を、実体である三次元の素材表面に物理的に転写するプロセスであり、これから行われる切削や研削、穴あけといった除去加工のガイドラインとなる極めて重要な工程です。建設現場における墨出しに相当しますが、機械加工におけるけがきは、ミクロン単位からミリ単位の精度が要求される点で、より緻密な寸法管理能力が求められます。
NC工作機械やマシニングセンタが普及した現代においても、試作品の製作、鋳造品の加工、治具の製作、あるいは機械の修理・メンテナンスといった非量産分野において、けがきは決して省略できない基盤技術です。また、NC加工の前段階として、素材の取り代を確認したり、加工原点を設定したりするための目安としても機能します。
けがきの役割と機能
けがき作業には、単に加工する線を引くという以上の複合的な機能が含まれています。
加工のガイドライン
最も基本的な機能は、作業者に対して「どこを削り、どこに穴をあけるか」を視覚的に指示することです。旋盤やフライス盤を操作する際、刃物がこのけがき線に沿って動くことで、図面通りの形状が創出されます。特に汎用工作機械を使用する場合、けがき線の精度がそのまま最終製品の寸法精度に直結します。
素材の適否判定
鋳造品や鍛造品、あるいは溶断された鋼材などは、形状がいびつであり、寸法にばらつきがあります。加工を始める前に、これらの素材に図面通りの製品が包含されているか、すなわち加工後に必要な寸法が確保できるかを確認する役割があります。これを「取り代の確認」と呼びます。万が一、素材が変形していて黒皮が残ってしまうような場合、けがきの段階で判明すれば、加工費の無駄を防ぐことができます。
加工プロセスのシミュレーション
けがきを行う作業者は、図面を読み解き、どの面を基準にして、どのような順序で加工するかを脳内でシミュレーションしながら線を引きます。つまり、けがきは実際の切削を行う前の「机上ならぬ盤上のリハーサル」であり、加工手順のミスや勘違いを未然に防ぐ品質管理プロセスとしての側面を持っています。
基準平面と定盤の幾何学
正確なけがきを行うためには、絶対的な基準となる平面が必要です。この役割を果たすのが定盤です。
定盤の機能
定盤は、極めて高い平面度を持つ台であり、鋳鉄製や石定盤が使用されます。 鋳鉄製定盤は、キサゲ加工と呼ばれる手作業によって微細な油溜まりと接触点が作られており、重量物の摺動性に優れます。一方、花崗岩などを研磨した石定盤は、経年変化が少なく、傷がついても盛り上がらない(カエリが出ない)という特性があり、温度変化に対しても鈍感であるため、精密測定や精密けがきに適しています。 けがき作業におけるすべての高さ寸法は、この定盤の表面をゼロ点(データム)として積み上げられます。したがって、定盤の平面度が崩れていれば、その上で引かれた線はすべて歪んだものとなります。
基準面の選定
工作物側にも、定盤と接する基準面が必要です。通常は、フライス加工などで平面を出した面を基準面とします。 定盤の上に工作物の基準面を置くことで、定盤の平面情報が工作物に転写され、定盤に対して平行な線を引くことが可能になります。もし工作物が円筒形や複雑な形状で平面を持たない場合は、Vブロックやジャッキ、アングルプレート(イケール)といった補助具を使用して、仮想的な基準軸や基準面を設定し、姿勢を固定します。
主要工具とその物理的特性
けがきには特有の工具が用いられます。これらは単なる筆記用具ではなく、金属表面に物理的な痕跡を残すための切削工具あるいは塑性加工工具としての性質を持っています。
ハイトゲージ
定盤の上を滑らせながら、任意の高さに水平線を引くための測定器兼工具です。 本尺とバーニヤ目盛、あるいはデジタルスケールを備え、0.01ミリメートルから0.02ミリメートル程度の読み取り精度を持ちます。 ハイトゲージのスクライバ(先端の刃)は、超硬合金のチップがろう付けされており、非常に高い硬度と耐摩耗性を持っています。ベース(土台)、支柱、スライダの剛性が重要であり、先端に荷重をかけた際にたわみが生じると、正確な寸法線が引けません。
けがき針
定規などに沿わせて線を引くためのペン型の工具です。 先端は焼入れ鋼や超硬合金で作られており、鋭利に研ぎ澄まされています。物理的には、金属表面を引っ掻くことで微細な溝を掘る、あるいは塑性変形によって凹みを形成することで線を可視化します。先端角度は通常15度から30度程度に研磨されますが、鋭すぎると折れやすく、鈍すぎると線が太くなり精度が出ません。
センターポンチ
けがき線の上に、ドリル加工の足掛かりとなる円錐状の窪みを打つ工具です。 ドリルの先端(チゼルエッジ)は回転中心に切削能力がないため、平らな面にいきなり穴をあけようとすると、抵抗によって刃先が逃げる「芯振れ」を起こします。センターポンチによる窪みは、ドリルの先端を物理的に拘束し、正しい位置に導くガイド穴の役割を果たします。 ポンチの先端角度は、一般的なドリルの先端角118度に合わせて、やや鋭角な60度から90度に設定されることが一般的です。
塗料(けがきインキ)
金属表面は光を反射するため、細い傷(けがき線)は見えにくい場合があります。そこで、青色や赤色の染料を含む速乾性の塗料(青ニスなど)を薄く塗布します。 これにより、けがき針で引っ掻いた部分だけ塗料が剥がれて金属光沢が露出し、周囲の青色とのコントラストによって線が鮮明に視認できるようになります。塗膜の厚さは数ミクロン以下であることが望ましく、厚すぎると針先が浮いてしまい、寸法誤差の原因となります。
三次元けがきと幾何学的展開
平面上のけがき(平面けがき)に加え、鋳造品や溶接構造物のような立体的な工作物に対して行うのが立体けがきです。ここでは空間的な位置関係の把握と幾何学的な操作が必要となります。
芯出しと平均化
鋳造品には抜き勾配や形状のばらつきがあるため、正確な平面や直角が存在しません。 そのため、トースカン(ハイトゲージの前身となる簡易工具)やディバイダなどを用いて、工作物の各部の寸法を当たり、全体の形状のバランスが取れる中心位置(芯)を探し出す作業が必要になります。これを「芯出し」と呼びます。 例えば、ボス(突起部)の中心と、全体の肉厚の中心がずれている場合、どちらか一方を基準にすると他方が加工できなくなる恐れがあります。このような場合、両者の誤差を配分し、妥協点となる中心線を設定する高度な判断が求められます。
角度の割り出し
直角以外の角度を持つ線を引く場合、分度器(プロトラクター)を使用するか、あるいは三角関数を用いて座標計算を行い、サインバーなどの精密治具を用いて工作物を傾けて線を引きます。 また、円周を等配(等分)する場合には、幾何学的な作図法を用いるか、サーキュラテーブル(割り出し盤)に乗せて角度を制御しながらけがきを行います。
誤差要因と精度管理
けがき線の太さは、通常0.1ミリメートルから0.2ミリメートル程度あります。したがって、けがき作業における精度限界は、一般的にプラスマイナス0.1ミリメートルから0.2ミリメートル程度とされています。しかし、不適切な作業はさらに大きな誤差を生みます。
視差(パララックス)
スケールの目盛を読む際や、けがき線にポンチを打つ際、斜めから見てしまうと視差による誤差が生じます。特にポンチ打ちは、針先とけがき線の交点を目視で一致させる必要があるため、作業者の熟練度と視力、そして照明環境に大きく依存します。
けがき針の保持角度
定規に沿って線を引く際、針を外側に傾けすぎると、定規の端面と針先の接点がずれてしまいます。これをコサイン誤差の一種と捉えることができます。針は進行方向に適度に傾けつつ、横方向には垂直、あるいはわずかに内側に傾けて、針先が常に定規の角と接するように保持する必要があります。
針先の摩耗
硬い黒皮や焼入れ鋼をけがくと、針先は摩耗して丸くなります。丸くなった針先では、線の幅が太くなり、中心位置が不明瞭になります。常に砥石で研磨し、鋭利な状態を保つことが精度の基本です。
NC加工時代におけるけがきの意義
コンピュータ数値制御(NC)工作機械が主力となった現在、すべての加工にけがきが必要なわけではありません。機械の座標系で位置決めを行えば、けがき線がなくても正確な加工が可能だからです。しかし、けがきの重要性は形を変えて残っています。
加工原点の教示
鋳造品などをマシニングセンタに乗せる際、機械に対して「ここがワークの中心だ」と教える必要があります。このとき、あらかじめワークに正確なけがき線を入れておき、その線を顕微鏡やタッチプローブで計測することで、正確な座標系設定が可能になります。つまり、けがき線はアナログとデジタルの橋渡し役となります。
異常の早期発見
NCプログラムにミスがあった場合、機械は迷わず間違った位置に穴をあけます。もし、ワークにけがき線が入っていれば、オペレーターは加工が始まる直前に「ドリルの位置がけがき線とずれている」ことに気づき、緊急停止させることができます。けがきは、プログラムミスによる高価なワークの廃棄を防ぐ、最後の砦となります。
特殊なけがき技術
一般的な機械加工以外にも、特殊な目的で行われるけがきがあります。
レーザーけがき
造船や橋梁などの大型構造物では、手作業でのけがきは困難です。そこで、CADデータを元に、レーザープロジェクターで鋼材の上に切断線や溶接位置を直接投影する技術が普及しています。これは「光によるけがき」と言えます。また、高出力レーザーで表面を微少に焦がして線を引くレーザーマーキングも、消えないけがきとして利用されています。
電解けがき
電気化学的な作用を利用して金属表面を変色させる方法です。ステンシル(型紙)を介して電解液を含ませたパッドを通電させることで、物理的な溝を掘ることなく、高精度のマーキングを行うことができます。航空機部品など、応力集中源となる傷を嫌う部品に適用されます。


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