被覆アーク溶接は、アーク溶接法の中で最も歴史が古く、かつ最も広く普及している技術の一つです。一般には「手溶接」あるいは「溶接棒」による溶接として知られています。その工学的な本質は、被覆剤と呼ばれる特殊なフラックスで覆われた溶接棒と、接合される母材との間にアークを発生させ、その高熱によって溶接棒と母材を同時に溶融させて接合する点にあります。
この技術の最大の工学的な特徴であり、その広範な普及を支えている理由は、シールドガスボンベなどの付帯設備を必要としない、その圧倒的な簡便性と可搬性です。これにより、風のある屋外での建設作業や、船舶、パイプラインの敷設といった、現場でのフィールド溶接において、他の追随を許さない優位性を発揮します。
溶接の原理:アークの発生と溶融池の形成
被覆アーク溶接のプロセスは、単純な電気回路と、高温下での化学反応によって成り立っています。
- アークの発生: 溶接電源装置に接続された電極ホルダが溶接棒を掴み、母材に接続されたアースクランプとの間で閉回路を形成します。溶接士が、溶接棒の先端で母材の表面を軽くこするようにしてアークを発生させると、両者の間に摂氏5000度を超える高温のプラズマ柱が形成されます。
- 溶融池の形成: このアークの強烈な熱エネルギーは、溶接棒の先端と、母材の接合部を瞬時に溶融させます。溶接棒の心線である金属は溶けて、溶滴と呼ばれる粒になり、アークの中を移行して、母材が溶けてできた溶融池と一体化します。
- 接合部の凝固: 溶接士がアークを移動させていくと、溶融池は後方から冷却・凝固し、母材と溶加材が一体化した強固な接合部、すなわち溶接ビードが形成されます。
被覆剤の多面的な工学的役割
被覆アーク溶接の工学的な核心は、すべてこの被覆剤が担っています。もし、金属の心線が剥き出しのままで溶接を行えば、大気中の酸素や窒素が溶融金属に混入し、接合部は気泡だらけで、極めてもろいものになってしまいます。
被覆剤は、アークの熱によって分解・溶融し、以下の四つの極めて重要な役割を、同時に果たします。
1. アークの安定化
被覆剤には、ケイ酸カリウムやチタン酸化物といった、アーク放電を容易にするアーク安定剤が含まれています。これらの物質は、高温のアーク中で容易に電離(イオン化)し、電気が流れるための安定した「道」を作ります。これにより、特に交流電源を用いた場合でも、アークが途切れることなく滑らかに持続し、溶接作業を容易にします。
2. 大気からの保護(シールド)
これが被覆剤の最も重要な機能です。高温の溶融金属は、大気中の酸素や窒素と非常に反応しやすいため、完璧な保護(シールド)が不可欠です。
- ガスシールド: 被覆剤に含まれるセルロースや炭酸塩などは、アーク熱によって分解され、二酸化炭素(CO₂)や一酸化炭素(CO)、水蒸気といったシールドガスを大量に発生させます。このガスが、アークと溶融池の周囲を覆い、あたかもバリアのように、大気中の酸素や窒素が溶融池に侵入するのを物理的に防ぎます。
- スラグシールド: 被覆剤に含まれる二酸化ケイ素、酸化チタン、フッ化物などは、アーク熱で溶融し、液状のスラグ(鉱滓)となります。この溶融スラグは、溶融金属よりも比重が軽いため、溶融池の表面に浮かび上がります。このスラグの「ブランケット」が、ガスシールドを補完し、溶融金属の表面を完全に覆い、大気から保護します。
3. 冶金的精錬作用
溶融池の中では、高温の化学反応が起こっています。被覆剤は、この化学反応を積極的に制御し、溶接金属の品質を高める「精錬」の役割を果たします。
- 脱酸作用: シールドが完璧であっても、わずかな酸素が溶融池に混入することは避けられません。これを無害化するため、被覆剤には、鉄よりも酸素と強く結びつく脱酸剤(フェロマンガン、フェロシリコンなど)が含まれています。これらの元素が、溶融池内の酸素と結合し、無害な酸化物となってスラグ中へと除去されます。
- 合金添加: 母材と同等、あるいはそれ以上の機械的性質(強度や靭性)を持つ溶接部を得るため、被覆剤には、マンガン、モリブデン、クロム、ニッケルといった合金元素が、意図的に添加されています。これらの元素が、溶接中に溶融池へと移行し、溶接金属の化学成分を最適化します。
4. 溶接作業の補助
- ビード形状の形成: 溶融スラグは、溶融金属の表面張力を調整し、なだらかで美しいビード形状を形成するのを助けます。
- 溶接姿勢の維持: 立向き溶接や上向き溶接を行う際、重力によって溶融金属が垂れ落ちようとします。特定の溶接棒の被覆剤は、凝固速度が速いスラグを形成し、それが「棚」のように機能して、溶融金属を所定の位置に保持するのを助けます。
- 徐冷効果: 溶接完了後も、凝固したスラグが溶接ビードの表面を覆い続けます。このスラグ層が断熱材として機能し、溶接部が急冷されるのを防ぎます。この徐冷効果は、鋼が硬くてもろい組織(マルテンサイトなど)になるのを防ぎ、強靭な溶接部を得る上で、冶金学的に非常に重要です。
工学的な利点と欠点
被覆アーク溶接は、その原理的な特徴から、明確な長所と短所を持っています。
長所
- 設備の簡便性と可搬性(ポータビリティ): 必要なのは、溶接電源、ホルダ、アースクランプ、そして溶接棒だけです。シールドガスのボンベやホースが不要なため、設備が非常にシンプルで軽量、安価です。
- 屋外作業への適性: シールドガスがアークのすぐそばで発生するため、MAG溶接やTIG溶接のように、風によってシールドガスが吹き飛ばされる心配がありません。この耐風性が、屋外の建設現場や造船所での作業に不可欠な理由です。
- 汎用性の高さ: 溶接棒の種類を交換するだけで、軟鋼、高張力鋼、ステンレス鋼、鋳鉄など、多種多様な金属材料の溶接に、一つの電源で対応できます。
短所
- 低い作業能率:
- 溶接棒の交換: 溶接棒は長さが有限(通常30~45cm)であり、一本が燃え尽きるたびに、作業を中断して新しい棒に交換する必要があります。
- スラグ除去: 溶接ビードは、硬化したスラグに覆われています。次の溶接パスを重ねる前には、このスラグをハンマーやワイヤブラシで叩いて除去する(スラグ落とし)という、付帯的な作業が必ず発生します。
- これらの理由から、MAG溶接のような半自動溶接に比べて、トータルの作業能率は著しく低くなります。
- 高い技能要求: 溶接棒が短くなっていくにつれて、アーク長を一定に保つために、溶接士はホルダを母材に向かって常に送り込み続ける必要があります。また、溶融池の状態をスラグ越しに判断し、適切な速度でトーチを運ぶ必要があり、高品質な溶接を行うには、高度な熟練技能が要求されます。
- 作業環境: 大量のヒューム(溶接煙)と、スパッタ(金属粒の飛散)が発生するため、作業環境の換気や保護具の着用が重要ですT。
主な応用分野
これらの工学的なトレードオフから、被覆アーク溶接は、「生産性よりも、場所を選ばない汎用性と耐候性が求められる分野」で、その地位を確固たるものにしています。
- 建設・土木: ビルの鉄骨、橋梁、プラントなどの建設現場での部材接合。
- 造船: 船殻ブロックの組み立てや、艤装品の取り付け。
- 配管・パイプライン: 特に、屋外でのパイプライン敷設や補修。
- 保守・修理: 工場設備や建設機械、農業機械などの、突発的な破損に対する補修溶接。
まとめ
被覆アーク溶接は、消耗電極である溶接棒に塗布された被覆剤という、化学的機能の集合体を中核に据えた、巧妙な接合技術です。その本質は、ガスシールド、スラグシールド、脱酸精錬、合金添加、そしてアークの安定化という、高品質な溶接に必要な全ての機能を、一本の溶接棒の中にパッケージングした点にあります。
生産性においては半自動溶接に主役の座を譲ったものの、その圧倒的な簡便性と、風をものともしない現場対応力は、他のいかなる技術でも代替することができません。被覆アーク溶接は、まさに「溶接技術の原点」であり、ものづくりの最前線である「現場」を支え続ける、最も信頼できる工学技術の一つなのです。


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