真空成形は、熱成形(サーモフォーミング)と呼ばれるプラスチック加工法の中で、最も基本的で、広く普及している技術の一つです。その本質は、加熱してゴム状に軟化させた熱可塑性プラスチックシートと、金型との間の空気を真空ポンプで吸引・排気し、それによって生じる圧力差を利用して、シートを金型の表面に押し付けて成形するものです。
このプロセスの最大の工学的特徴であり、また最大の制約でもあるのが、成形力として利用するのが、シートの反対側からかかる大気圧であるという点です。この「真空で引く」のではなく、「大気圧で押す」という原理が、真空成形のあらゆる特性を決定づけています。
成形の原理:1気圧の成形力
真空成形のプロセスを工学的に理解する上で、成形力の源泉を正しく認識することが不可欠です。
真空成形機がシートと金型の間の空気を吸引すると、その空間は真空に近い低圧状態になります。一方、シートの反対側の表面には、常に1気圧(約0.1メガパスカル)の大気圧がかかっています。この結果、シートの両面には約0.1メガパスカルの圧力差が生じ、この力が、軟化したプラスチックシートを金型表面の隅々まで押し付ける、唯一の成形力となります。
この「1気圧」という成形力は、他の成形法と比較すると、極めて小さいものです。例えば、
- 圧空成形: 真空吸引に加え、圧縮空気で積極的に加圧するため、0.3~0.7メガパスカル(3~7気圧)の成形力が得られます。
- 射出成形: 溶融した樹脂を金型に充填する圧力は、数十から百数十メガパスカルにも達します。
真空成形は、射出成形の数千分の一という、非常に小さな力で成形を行う技術です。この「1気圧の壁」という制約が、真空成形の利点と欠点の両方を生み出しています。
真空成形のプロセス
真空成形の製造サイクルは、主に以下のステップで構成されます。
- クランプ: プラスチックシート(ロール状またはカットシート)を、可動式のクランプフレームで四方を確実に固定します。
- 加熱: シートを赤外線ヒーターなどの加熱ステーションに移動させ、材料のガラス転移温度と融点の間の、成形に最適な温度(ゴムのように柔軟で弾性を持つ状態)まで、均一に加熱・軟化させます。
- 成形: 軟化したシートを、金型(凸型または凹型)の上、あるいは内部に移動させます。金型とシートの間を密閉し、金型に設けられた無数の微細な真空孔から、真空ポンプで内部の空気を急速に排気します。これにより、大気圧がシートを金型表面に押し付け、その形状を転写します。
- 冷却: 大気圧で金型に押し付けた状態を維持したまま、シートを冷却します。金型は通常、内部に冷却水管が設けられており、プラスチックの熱を奪って、その形状が固定される温度(ガラス転移温度以下)まで急速に冷却・固化させます。
- 離型: 真空を解除し、金型から空気を逆噴射する(エアブロー)ことで、金型に密着した成形品を突き放し、取り出します。
- トリミング: 成形品の周囲には、クランプされていた不要な部分(フランジ)が残っています。この部分を、トムソン型による打ち抜き加工や、NCルーター、ロボットによる切削加工で切除し、最終製品となります。
雄型成形と雌型成形
金型の形状によって、二つの基本的な成形法があります。
- 雄型成形(ドレープフォーミング):凸型の金型の上に、軟化したシートを上から被せるようにして成形する方法です。深い絞り形状の成形に適しており、製品の内側寸法が金型によって規定されます。
- 雌型成形(ストレートフォーミング):凹型の金型の中に、軟化したシートを引き込むようにして成形する方法です。製品の外側寸法が金型によって規定され、外観のディテールが比較的シャープに仕上がります。
工学的な課題と限界
真空成形の設計において、必ず直面するのが、その原理に起因する二つの大きな課題です。
1. 板厚の不均一性(材料の延伸)
真空成形は、射出成形のように溶けた材料が金型に「流動・充填」するのではなく、一枚のシートが「引き伸ばされる」ことで立体形状を創り出します。したがって、成形品の表面積は、元のシートの面積よりも大きくなるため、その分、板厚は必ず薄くなります。
この板厚減少の度合いは、成形品の形状、特に絞り比(成形品の深さ)によって決まります。
- 雄型では、最初に金型の頂点に接触した部分が冷えて伸びにくくなるため、側面の立ち上がり部分や、フランジに近い角の部分で、最も板厚が薄くなります。
- 雌型では、シートの周辺部が先に金型に接触し、最後に底面の角の部分が引き伸ばされるため、この底の角が最も薄くなります。
この板厚の不均一性は、真空成形の宿命であり、製品の強度設計を行う上で、最も薄くなる部分の板厚を予測し、それが要求される強度を満たしているかを確認することが、工学的に極めて重要です。
2. 形状再現性の限界
前述の通り、成形力は最大でも1気圧しかありません。この力は、軟化したプラスチックが持つ弾性的な抵抗力や表面張力に打ち勝つには、多くの場合、不十分です。
その結果、以下のような制約が生じます。
- ディテールの再現不可: 射出成形や圧空成形で可能な、革シボや梨地といった微細な表面テクスチャを転写することはできません。
- シャープな角の不成形: 金型の隅が、鋭角な(Rの小さい)エッジになっていると、材料がその角まで完全に入り込めず、大きな丸みを帯びた形状になってしまいます。
- ウェビングの発生: 雌型成形において、隣接する二つのリブの間など、凹形状が近い場合に、シートがその間を橋渡しするように張ってしまい、金型の底まで到達しない(ウェビング)現象が発生しやすくなります。
利点と主な応用分野
これらの制約がある一方で、真空成形は、他の工法にはない、圧倒的な利点を持ちます。
- 圧倒的な金型コストの安さ: 射出成形のような、高圧に耐えるための、雄型・雌型一対の、高価な鋼製金型は必要ありません。真空成形は、基本的に片側の金型(雄型または雌型)だけで成形が可能です。 また、成形圧力が低いため、金型の材質として、試作レベルでは木材やケミカルウッド、樹脂型、中量産レベルでもアルミ鋳物や切削アルミといった、安価で加工が容易な材料を使用できます。これにより、金型費用は射出成形の数十分の一から数百分の一にまで抑えられます。
- 開発・製造リードタイムの短縮: 金型がシンプルで加工しやすいため、設計から製品の製造開始までの期間が、極めて短くなります。
- 大物成形が容易: 原理的に装置を大型化しやすいため、射出成形では現実的ではない、自動車のバンパーや、浴槽、ボートの船体といった、数メートル四方に及ぶような超大型製品の成形にも適しています。
これらの特徴から、真空成形は、「高い寸法精度やシャープな外観は不要だが、低コスト・短納期で、大型の、あるいは中・少量生産の部品が欲しい」という、工学的な要求に最適なソリューションとなります。
主な応用分野:
- 包装・物流: 食品トレー、卵パック、ブリスターパック、工業部品用の搬送トレー
- 住宅・設備: 浴槽、シャワーパン、ユニットバスの壁面パネル、冷蔵庫の内張り(ライナー)
- 自動車・輸送機器: トラックやバスの内装パネル、ダッシュボード、バンパー、荷台のベッドライナー
- その他: 広告看板、ゲームセンターの筐体、医療機器のカバー、試作品
まとめ
真空成形は、加熱したプラスチックシートと金型の間を真空引きし、大気圧という、地球上のどこにでも存在するエネルギーを利用して成形を行う、シンプルで合理的な加工技術です。
その最大の強みは、成形圧力が1気圧に限定されるという制約と引き換えに得た、圧倒的な低コストと短納期、そして大型製品への対応力にあります。高精度なディテールの再現は苦手としますが、その限界を工学的に正しく理解し、適した用途に適用することで、真空成形は、試作品から大量生産品まで、私たちの生活を支える無数のプラスチック製品を生み出す、極めて強力で、経済的な製造手段であり続けているのです。


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