ワッシャーは、ボルトやねじといった締結部品と共に使用される、中央に穴のあいた薄い円盤状の機械要素です。座金とも呼ばれます。その単純な形状から、単に「部品の脱落を防ぐための部品」あるいは「穴を隠すための飾り」と見なされることも少なくありません。しかし、工学的な視点から見ると、ワッシャーは、締結部の信頼性と耐久性を確保するために、極めて重要で、かつ、多岐にわたる機能的役割を担っています。
1. 荷重の分散と座面の保護
ワッシャーの最も基本的で、最も重要な役割は、ボルトやナットが部材を締め付ける際に発生する荷重を、より広い面積に分散させることです。この機能は、主に平座金と呼ばれる、平坦な円盤状のワッシャーによって担われます。
接触圧力の低減
ボルトの頭やナットの下面積は、それほど大きくありません。そのため、大きな力で締め付けると、その接触部分には、圧力 = 荷重 ÷ 面積という物理法則に従い、極めて高い接触圧力が発生します。
もし、締め付けられる部材が、アルミニウムや樹脂といった、比較的柔らかい材料であった場合、この高い接触圧力によって、ボルトの頭やナットが部材の表面にめり込んでしまい、陥没や損傷を引き起こす可能性があります。これを座面陥没と呼びます。また、ボルトを締めたり緩めたりする際の回転摩擦によって、部材の表面に傷が付いてしまうこともあります。
平座金をボルト頭やナットの下に挟むことで、同じ締付け荷重が、ワッシャーのより大きな面積に分散されます。これにより、部材表面にかかる接触圧力が大幅に低減され、座面陥没や表面の損傷を効果的に防ぐことができるのです。特に、長穴や、ボルト径に対して大きな穴をあけた箇所では、この荷重分散効果が、締結の安定性を保つ上で不可欠となります。
2. ゆるみ止め
機械が稼働すると、振動や衝撃、あるいは温度変化による伸縮が、締結部に繰り返し作用します。これらの影響により、ボルトやナットは、意図せずとも、わずかずつ回転して緩んでしまうことがあります。この「ゆるみ」は、機械の性能低下や、最悪の場合には重大な事故につながる、極めて危険な現象です。
このゆるみを防止するために開発されたのが、ゆるみ止めワッシャーです。
ばね座金
最も代表的なゆるみ止めワッシャーが、ばね座金です。これは、平座金の一部を切り欠き、ねじりを与えた、不連続なリング形状をしています。ボルトとナットで締め付けられると、ばね座金は弾性変形して平らになりますが、その内部には、常に元の形状に戻ろうとする、ばねとしての反発力が蓄えられます。
この軸方向の反発力が、ボルトのねじ面や座面に常に一定の摩擦力を生み出し、振動などによる回転を妨げます。また、ばね座金の切り口にある鋭いエッジが、ボルト座面と部材表面に食い込むことで、回り止めの効果を発揮するとも言われています。
歯付き座金・皿ばね座金
ばね座金の他にも、外周や内周に多数の「歯」が設けられ、その歯が座面に食い込むことで、より強力な回り止め効果を発揮する歯付き座金や、皿状のばねの反発力を利用する皿ばね座金など、様々な原理に基づいたゆるみ止めワッシャーが存在します。特に、二枚一組のワッシャーが、カムの原理を利用して、緩もうとする回転運動を、逆に締付け力の増大に変換する、極めて信頼性の高いウェッジロッキングワッシャーなども開発されています。
3. シール機能とその他の役割
シール機能
油圧機器や配管の接続部など、気密性や水密性が求められる箇所では、シールワッシャーが用いられます。これは、金属のリングに、ニトリルゴムなどの弾性体(パッキン)を一体で焼き付けたものです。締め付けられると、ゴムの部分が圧縮されて、ねじの隙間や座面の微細な凹凸を埋め、流体の漏れを確実に防ぎます。
その他の機能
- 絶縁: ナイロンやテフロンといった樹脂、あるいはセラミックスで作られたワッシャーは、ねじと部材との間を電気的に絶縁するために使用されます。
- スペーサー: 部品と部品の間に、一定の隙間を設けたり、軸方向の位置を調整したりするための、厚み調整用のスペーサーとして利用されることもあります。
材質と選定
ワッシャーの材質は、その用途に応じて多岐にわたります。最も一般的なのは、炭素鋼やステンレス鋼ですが、その他にも、導電性が求められる箇所には銅や真鍮が、耐食性や軽量性が求められる箇所にはアルミニウムやチタンが、そして、前述の絶縁用途には各種の樹脂が用いられます。
適切なワッシャーを選定することは、機械設計における基本的な、しかし極めて重要な判断です。必要な締付け力、部材の材質、運転環境(振動の有無、腐食性)、そしてシールや絶縁といった付加機能の必要性を総合的に考慮し、無数の選択肢の中から、最適な一枚を選び出すことが、締結部の長期的な信頼性を保証する鍵となるのです。
まとめ
ワッシャーは、その単純な形状の裏に、荷重を分散させ、ゆるみを防ぎ、漏れを止めるといった、締結部の信頼性を根底から支える、多くの重要な工学的機能が詰め込まれた、高性能な機械要素です。
ボルトとナットという主役の陰に隠れがちですが、この小さな円盤がなければ、多くの機械や構造物は、その性能を十分に発揮することなく、やがては緩み、損耗し、壊れてしまうかもしれません。ワッシャーは、現代の機械社会を、その目立たないながらも絶対的な存在感で、静かに、そして力強く支え続けているのです。
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