機械加工の基礎:加工硬化

加工学材料力学

加工硬化は、金属材料に、その弾性限度を超える力を加えて塑性変形させた際に、その金属が硬く、そして強くなる現象です。ひずみ硬化とも呼ばれます。身近な例では、針金を繰り返し曲げると、曲げた部分が次第に硬くなり、さらに曲げるのに大きな力が必要になる現象が加工硬化です。

この現象は、金属を意図的に強化するための有効な手段として利用される一方で、プレス加工や引き抜き加工といった塑性加工の際には、加工を困難にする要因ともなります。


硬化のメカニズム:転位の増殖ともつれ合い

加工硬化というマクロな現象の根源は、金属の結晶内部に存在する転位と呼ばれる、原子配列の乱れ(線状の欠陥)の振る舞いにあります。

塑性変形と転位の役割

金属が、力を加えられて永久に変形する「塑性変形」は、実は、結晶の原子が一斉にずれることで起こるのではありません。もしそうであれば、遥かに大きな力が必要になります。実際の塑性変形は、この転位が、結晶の中を移動していくことで起こります。カーペットの上にできた「しわ」を、カーペット全体を引っ張るのではなく、しわそのものを移動させて平らにする様子を想像すると、そのメカニズムが理解しやすいでしょう。金属の変形は、この転位という「しわ」が、結晶内を滑るように移動することで、比較的低い力で進行するのです。

加工硬化のプロセス

  1. 初期状態: 焼なましなどで軟らかくされた金属の内部には、比較的少数の転位しか存在せず、それらは自由に動き回ることができます。これが、金属が柔らかく、延性に富んだ状態です。
  2. 転位の増殖: 金属に力を加えて塑性変形させると、その変形の過程で、結晶内部の様々な場所で、新たな転位が次々と発生し、その密度が急激に増加します。
  3. 転位の相互作用ともつれ合い: 転位の密度が非常に高くなると、移動する転位は、他の転位と頻繁に遭遇するようになります。転位同士は互いに反発したり、絡み合ったり、あるいは結晶粒界などの障害物にぶつかって積み重なったり(集積したり)します。このようにして、転位の自由な移動が、著しく妨げられるようになります。
  4. 強度の増大: 前述の通り、塑性変形は転位の移動によって担われています。したがって、転位の動きが妨げられるということは、すなわち、金属がそれ以上変形しにくくなることを意味します。これが、加工硬化の正体です。変形させればさせるほど、内部に転位という障害物が増え、さらなる変形には、より大きな力が必要になるのです。

応力-ひずみ線図に現れる加工硬化

a stress-strain curveの画像

@Shutterstock

金属材料の機械的性質を表す応力-ひずみ線図には、この加工硬化の様子が明確に現れます。材料が降伏点を越えて塑性変形を始めると、その後、破断に至るまでの領域では、ひずみが増加するにつれて、それに必要な応力も上昇していきます。この、グラフの右上がりの部分が、まさに材料が加工硬化を起こしている領域を示しています。

このグラフは同時に、加工硬化の代償も示しています。強度が増加する一方で、材料が破断するまでに残された伸びる能力、すなわち延性は、次第に失われていきます。


工学的な利用と課題

積極的な利用

加工硬化は、金属を強化するための重要な手段として、積極的に利用されています。

  • 冷間圧延鋼板: 常温で圧延された鋼板は、加工硬化によって高い強度を持ちます。
  • 伸線加工: ピアノ線やばね用の鋼線は、ダイスを通して繰り返し引き抜かれる過程で、著しい加工硬化を受け、極めて高い引張強さを獲得します。
  • 冷間鍛造: ボルトなどの部品は、冷間での鍛造によって成形されると同時に、加工硬化によって強度が高められます。

加工上の課題

一方、プレス加工などで金属板を複雑な形状に成形する際には、加工硬化は克服すべき課題となります。

  • 延性の低下と破断: 加工が進んで加工硬化が著しくなると、材料は延性を失い、それ以上の変形に耐えられずに、割れや破断を起こしてしまいます。
  • 加工力の増大: 硬化した材料をさらに変形させるためには、より大きなプレス動力が必要となります。

加工硬化の除去:焼なまし

この、加工によって硬くもろくなった状態を、元の柔らかく延性に富んだ状態に戻すための熱処理が焼なましです。

加工硬化した金属を、その再結晶温度以上に加熱すると、原子の熱振動が活発になり、内部に蓄えられたひずみのエネルギーを駆動力として、全く新しい、ひずみのない結晶粒が生成・成長を始めます。この再結晶という現象によって、もつれ合っていた高密度の転位組織は一掃され、金属は再び、加工しやすい初期の状態へとリセットされるのです。深絞りのような、大きな変形を必要とする多段階のプレス加工では、工程の途中でこの焼なましを挟むことで、材料の延性を回復させ、さらなる加工を可能にします。


まとめ

加工硬化は、金属の結晶内部における、転位というミクロな欠陥の増殖と相互作用によって引き起こされる、極めて基本的な物理現象です。それは、冷間加工を通じて材料に高い強度を与えるための強力な「武器」であると同時に、塑性加工の限界を決定し、管理・制御しなければならない重要な「壁」でもあります。

この加工硬化という現象を深く理解し、熱処理によってそれを自在に制御する技術こそが、柔らかい金属の塊から、私たちの社会を支える、強靭で信頼性の高い機械部品や構造物を生み出す、材料工学と金属加工学の根幹をなしているのです。

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