機械素材の基礎:ニトリルゴム NBR

機械材料

ニトリルゴムは、アクリロニトリルとブタジエンの共重合によって得られる合成ゴムであり、一般にNBRという略称で広く知られています。その工学的な最大の特徴は、他の汎用ゴムが持ち得ない、極めて優れた耐油性耐燃料性にあります。この特性により、ニトリルゴムは、自動車のエンジンルーム、油圧機器、産業機械など、鉱物油やグリース、燃料に直接触れる環境下で使用されるシール材ホースの材料として、絶対的な地位を確立しています。


化学構造と耐油性の原理

ニトリルゴムの並外れた耐油性は、その分子構造に秘められています。ニトリルゴムは、アクリロニトリルブタジエンという二種類のモノマーを組み合わせて作られる共重合体です。

  • ブタジエン: この成分は、ゴムの主鎖に柔軟な構造を与え、天然ゴムのような弾性、すなわち「ゴムらしさ」の源となります。
  • アクリロニトリル: この成分が、ニトリルゴムの特性を決定づける最も重要な要素です。アクリロニトリルは、その分子内にニトリル基(-C≡N)と呼ばれる、電子の偏りが大きい極性の官能基を持っています。

化学の基本原理に「似たものは似たものを溶かす」という法則があります。一般的な鉱物油やガソリンといった燃料は、分子構造に偏りのない無極性の液体です。一方、ニトリルゴムは、ニトリル基のおかげで、ポリマー鎖全体が強い極性を帯びています。

この「極性」と「無極性」という、水と油のような化学的性質の違いにより、ニトリルゴムは無極性の油に溶けにくく、油を吸収して膨らむ「膨潤」という現象も起こしにくいのです。これが、ニトリルゴムが卓越した耐油性を示す、工学的な本質です。


アクリロニトリル含有量:性能のトレードオフ

ニトリルゴムの性能は、二つのモノマーの配合比率、特にアクリロニトリル含有量(ACN含有量)によって、意図的に設計・調整されます。このACN含有量の選択こそが、ニトリルゴムを扱う上での、最も重要なエンジニアリングのポイントです。

ACN含有量は、一般に18パーセントから50パーセントの範囲で分類され、含有量によって以下の特性がトレードオフの関係になります。

  • 高ACN含有グレード (40~50%):
    • 長所: ニトリル基の割合が最も多いため、極めて優れた耐油性、耐燃料性、耐薬品性を発揮します。
    • 短所: 極性の高い分子鎖は、低温になると互いに強く引き合い、自由に動けなくなります。その結果、ゴムとしての柔軟性が失われ、もろくなる温度、すなわちガラス転移点が高くなります。つまり、耐寒性が著しく劣ります。
  • 中ACN含有グレード (30~40%):
    • 耐油性と耐寒性のバランスが最も取れた、最も汎用的に使用されるグレードです。一般的なOリングやガスケットの多くが、この領域で設計されています。
  • 低ACN含有グレード (18~28%):
    • 長所: 柔軟なブタジエンの割合が多いため、極めて優れた耐寒性を示し、マイナス40度といった低温環境でも、ゴムとしての弾性を維持できます。
    • 短所: 耐油性は、他のグレードに比べて劣り、中程度の耐油性しか示しません。

このように、設計者は、製品が使用される環境の「最低温度」と「接触する油の過酷さ」を天秤にかけ、最適なACN含有量のグレードを選定する必要があります。


ニトリルゴムの工学的特性

長所

  • 耐油性: 鉱物油、動植物油、グリース、燃料油に対して、極めて優れた耐性を示します。
  • 機械的強度: カーボンブラックなどの補強材を配合することで、高い引張強度、引裂き強度、そして優れた耐摩耗性を発揮します。
  • 耐熱性: 約100度から120度程度の連続使用に耐える、良好な耐熱性を持ちます。

短所

  • 耐候性・耐オゾン性: これがニトリルゴムの最大の弱点です。原料であるブタジエンの主鎖には、化学的に不安定な二重結合が残っています。この二重結合が、大気中のオゾンや紫外線の攻撃を真っ先に受け、亀裂や硬化といった劣化を急速に引き起こします。そのため、直射日光が当たるような屋外での使用には適していません。
  • 難燃性: 自己消火性はなく、可燃性です。
  • 極性溶剤への耐性: 耐油性とは裏腹に、ケトン類やエステル類といった、同じ「極性」を持つ有機溶剤には弱く、大きく膨潤します。

水素化ニトリルゴム (HNBR)

ニトリルゴムの卓越した耐油性を維持しつつ、その最大の弱点である耐熱性と耐候性の欠如を克服するために開発されたのが、水素化ニトリルゴム、すなわちHNBRです。

HNBRは、ニトリルゴムの製造後に、その弱点であったブタジエンの二重結合に、触媒を用いて水素を付加(水素化)し、安定した単結合に変換した、高性能な特殊ゴムです。

この水素化により、HNBRは、NBRの特性を以下のように飛躍的に向上させます。

  • 耐熱性の向上: 主鎖が安定化したことで、耐熱性が約150度まで向上します。
  • 耐オゾン性・耐候性の劇的改善: オゾンの攻撃対象であった二重結合がなくなったため、屋外での使用にも耐えうる、極めて高い耐候性を獲得します。
  • 機械的強度の向上: より高いレベルの強度と耐摩耗性を発揮します。

この優れた特性から、HNBRは、自動車のエンジン内部で高温のオイルに晒されながら、高い耐久性が求められるタイミングベルトや、エアコンの冷媒用Oリングなど、NBRでは対応できなかった、より過酷な分野で採用されています。


応用分野

  • シール・ガスケット類: Oリング、オイルシール、パッキンなど。油圧・空圧機器、自動車のエンジン、トランスミッション、燃料系など、あらゆる機械の「漏れ止め」として、最も大量に使用されています。
  • ホース類: 自動車の燃料ホースやオイルホース、油圧ショベルの作動油ホース、工場のエアーホースなど。
  • その他: 印刷機のローラー、耐油性が求められるコンベアベルト、そして、その優れた耐油性とバリア性から、医療現場や食品加工で使われる使い捨て手袋の材料としても、爆発的に普及しています。

まとめ

ニトリルゴムは、その分子構造に「極性」のアクリロニトリルを組み込むという、明快な化学的設計によって、「油に強いゴム」という、極めて実用的で強力な性能を獲得した合成ゴムです。

その性能は、ACN含有量というパラメータによって、耐油性と耐寒性のバランスを自在に調整できる、優れたエンジニアリング材料でもあります。さらに、HNBRへの進化は、その適用範囲を高温・高耐久領域にまで拡大させました。

機械が潤滑油なしに動くことができない以上、その油を確実に封じ込めるニトリルゴムの役割は、決してなくなることはありません。ニトリルゴムは、まさに現代の機械工学と産業社会を、その目に見えない場所から支え続ける、最も重要な機能性エラストマーの一つなのです。

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