カムは、原動節であるカムと、従動節である従節(フォロワ)を直接接触させて運動を伝達する機械要素です。その最も本質的な機能は、入力である単純な回転運動を、設計者が意図した通りにプログラムされた、複雑な往復運動や揺動運動、あるいは休止運動へと変換することにあります。
レコード盤に刻まれた溝を針がなぞることで、記録された音楽が再生されるように、カムはその外周の輪郭、すなわちカム曲線(カムプロファイル)に、運動の情報を物理的に記録した「機械の記憶素子」と言えます。
運動変換の原理:カム曲線に刻まれた運動情報
カム機構が生み出す運動は、全てカムの輪郭形状によって一意に決定されます。このカム曲線を設計することこそが、カムの工学の核心です。設計者は、従節にどのような動きをさせたいかに応じて、カムの回転角に対する従節の位置(変位)を数学的に定義し、それを幾何学的な形状としてカムに与えます。
この運動を評価し、設計するために、工学的には以下の四つの運動学的要素が極めて重要となります。
- 変位 (S): カムの回転角に対する、従節の位置です。カムの基本設計は、この変位曲線(S曲線)を定義することから始まります。
- 速度 (V): 変位を時間で微分したもので、従節が動く速さを示します。速度が不連続に変化すると、無限大の加速度が生じてしまうため、滑らかな速度曲線を描くことが望まれます。
- 加速度 (A): 速度を時間で微分したもので、従節の動きの勢いを示します。ニュートンの運動方程式(F=ma)が示す通り、加速度はそのまま慣性力に比例します。加速度が大きすぎる、あるいは急激に変化すると、機構に過大な力や振動が発生し、騒音や摩耗、破損の原因となります。そのため、加速度を可能な限り小さく、かつ滑らかに変化させることが、特に高速で動作するカムの設計において最も重要な課題となります。
- 躍動 (J): 加加速度とも呼ばれ、加速度を時間で微分したものです。加速度の変化率を示します。もし加速度が不連続に変化すれば、躍動は無限大となり、これは機構に衝撃が発生することを意味します。この衝撃は、振動や騒音の最大の原因となるため、高性能なカムでは、この躍動が有限な値に収まるように設計されます。
代表的なカム曲線
従節の運動特性は、変位曲線をどのような数式で定義するかによって決まります。
- 単振動曲線: 三角関数を用いた、滑らかな運動です。計算が容易ですが、運動の開始点と終了点で加速度が不連続に変化するため、躍動が無限大となり、高速運転には向きません。
- サイクロイド曲線: サイクロイド曲線は、運動の開始点と終了点において、速度だけでなく加速度もゼロになるという、極めて優れた特性を持ちます。躍動も有限な値に収まるため、衝撃や振動が非常に少なく、高速で精密な動作が要求されるカムにおいて、最も理想的なカム曲線の一つとされています。
- 変形台形曲線: 加速度線図が台形になる運動で、加速度が一定の区間を持つため、慣性力の変動が少なく、滑らかな動作が可能です。サイクロイド曲線と同様に、高速カムによく用いられます。
カムと従節の種類
カム機構は、その形状や運動形式によって、多種多様なものが存在します。
カムの種類
- 平面カム: 板状のカムで、その外周の輪郭に従節が接触する、最も一般的なタイプです。ディスクカムとも呼ばれます。
- 溝カム: カムの表面に彫られた溝の中を、従節のローラが移動するタイプです。従節は常に溝によって両側から拘束されるため、ばねなどで押し付ける必要がなく、確実な運動伝達が可能です。
- 円筒カム: 円筒の側面に溝を彫ったカムです。円筒が回転することで、従節を円筒の軸方向に往復運動させることができます。
従節の種類
- ローラフォロワ: 従節の先端に回転するローラを取り付けたものです。カムとの接触が「転がり接触」になるため、摩擦と摩耗を大幅に低減でき、最も広く使用されています。
- 平底フォロワ: カムとの接触面が平らな従節です。
- 揺動フォロワ: 従節が固定された一点を中心に、首振り運動(揺動運動)をするタイプです。
工学的な留意点
カム機構を設計・運用する上では、いくつかの重要な課題があります。
圧力角
圧力角は、従節が動く方向と、カムと従節の接触点における法線との間の角度です。この角度が大きすぎると、カムが従節を押す力が、従節を動かす成分よりも、従節を横に押して案内面に押し付ける成分の方が大きくなってしまいます。これにより、摩擦が著しく増大し、最悪の場合には従節が動かなくなる「ジャミング」という現象を引き起こします。一般的に、圧力角は30度以下に抑えることが望ましいとされています。
接触応力
カムとローラフォロワの接触は、理論的には「線」や「点」で起こります。そのため、非常に小さな面積に大きな力が集中し、極めて高い接触応力が発生します。この応力に耐えるため、カムと従節の表面には、焼入れなどの熱処理によって高い硬度が付与されるとともに、適切な潤滑が不可欠です。
フォロワジャンプ
高速で回転するカムにおいて、従節をばねでカム表面に押し付けている場合、カムのプロファイルが急激に変化して、従節が大きな負の加速度を要求される局面があります。もし、この要求される加速度が、ばねの力によって生み出される加速度よりも大きい場合、従節はカムの表面から離れて跳ね上がってしまいます。これをフォロワジャンプと呼び、激しい衝撃と騒音、そして機構の破壊につながる、絶対に避けなければならない現象です。
まとめ
カム機構は、その輪郭形状というアナログな情報媒体を用いて、単純な回転から、設計者の意図通りの複雑で機能的な運動を、正確かつ繰り返し生み出す、洗練された機械的装置です。その設計は、変位、速度、加速度、そして躍動という運動学の深い理解に基づき、慣性力と振動をいかに制御するかという、高度なエンジニアリングの結晶です。
自動車のエンジンにおいて、吸気・排気バルブをミリ秒単位の精度で開閉させる心臓部として、あるいは工場の自動組立機において、部品を掴み、運び、配置するという一連の精密な動作を司る頭脳として、カムは機械の世界に秩序と機能を与える、不朽で強力な役割を担い続けているのです。
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