フィードフォワード制御は、動的な物理システムにおいて外部からの擾乱や目標値の変動といった環境の変化を事前に測定あるいは予測し、その影響がシステムの結果として現れる前に、先回りして操作量を決定しシステムに入力する制御理論です。
室温を一定に保つエアコンにおいて、窓が開いて冷気が入ってきたという結果としての室温低下を待ってからヒーターを強くするのではなく、窓が開いたという事象そのものや外気温の低下を直接センサーで感知し、室温が下がる前にあらかじめヒーターの出力を上げておくような先制的なアプローチを指します。
閉ループ制御の限界
フィードバック制御は、システムの出力結果を絶えず監視し、目標値との間に生じた誤差を駆動力として自己修正を行う非常に堅牢な閉ループシステムです。しかし、このアプローチには限界が存在します。それは必ず誤差が発生してからでなければ修正動作を開始できないという性質です。
質量が極めて大きい巨大な機械システムや、配管の中を流体が移動する時間遅れ持つ熱プロセスにおいては、この事後処理のアプローチが致命的な結果を招くことがあります。たとえば化学プラントの反応炉において、外部から流入する冷却水の温度が急激に下がったとします。フィードバック制御のみに依存している場合、冷却水の影響で反応炉内部の温度が実際に下がり、センサーがその温度降下を検知して初めて、加熱器の出力を上げるという指令が出されます。
しかし、巨大な反応炉の熱容量は極めて大きく、加熱器の出力を上げてもすぐには温度は回復しません。結果として、システムは目標温度から大きく逸脱した状態に長時間留まることになり、製品の品質不良や化学反応の停止を引き起こします。また操作が遅れた分だけコントローラが過剰な熱量を加えてしまい、目標値を超えて温度が上がりすぎるオーバーシュートや、温度が上下に振動し続けるハンチングを引き起こす原因ともなります。
このように出力の変化を待ってから操作を行うフィードバック制御だけでは、外部からの強力な擾乱や急激な目標値の変更に対して時間遅れを克服できず、システムを高速かつ正確に制御しきれないという限界に突き当たります。
外乱補償のフィードフォワード
このフィードバック制御の遅れを克服するために導入されるのが、フィードフォワード制御です。これは、システムを乱そうとする原因そのものを測定し、それが結果に影響を及ぼす前に打ち消すという先制のアプローチです。
システムに入力される操作量とは別に、システムに予期せぬ影響を与える外部要因を外乱と呼びます。フィードフォワード制御では、この外乱を測定するための専用のセンサーを設置します。 先ほどの化学プラントの例であれば、反応炉の温度だけでなく、流入してくる冷却水の温度を直接測定します。冷却水の温度が急降下したことを検知した瞬間、フィードフォワードコントローラは、その冷却水が反応炉に到達してどれだけ熱を奪うかを瞬時に計算します。そして、奪われる熱量と正確に等しい熱量をあらかじめ供給するように、加熱器に対してダイレクトに出力増加の指令を送ります。
このプロセスにおいて重要なのは、外乱からシステムの出力までの伝達関数と、操作量からシステムの出力までの伝達関数の二つの数学的関係が正確に把握されていることです。 外乱がシステムに与える影響を、操作量による影響で完全に打ち消すためには、フィードフォワード補償器の伝達関数を、外乱の伝達関数を操作量の伝達関数で割ったものにマイナスの符号を付けた式として数学的に設計する必要があります。 この数学的条件が完全に満たされた理想的な状態においては、外部からいかなる熱的な擾乱が加わろうとも、その影響はシステム内部で完全に相殺され、最終的な出力である反応炉の温度には微塵の変動も現れないという完全なる不変性が実現されます。
目標値追従のフィードフォワード
フィードフォワード制御のもう一つの適用領域は、システムを目標値の急激な変化に対して遅れなく追従させるための目標値フィードフォワード制御です。
多関節ロボットのアームを特定の軌道に沿って高速に動かす場面を想定します。目標とする位置や角度の指令値が時々刻々と変化していく場合、フィードバック制御だけでは、目標値が移動した後に生じる誤差を追いかける形になるため、どうしてもアームの動きは目標軌道から遅れてしまい、軌跡の誤差が必ず発生します。
目標値に遅れなくピタリと追従させるためには、出力から入力を導き出す逆モデルを作成する必要があります。 目標値フィードフォワード制御では、コントローラの中にこの逆モデルを組み込みます。これからシステムに辿らせたい未来の目標軌道を入力として逆モデルの計算を行うと、システムがその通りに動くために必要となる操作量すなわちモーターに与えるべき電流値やトルクが算出されます。
たとえば、質量のある物体を特定の加速度で動かしたい場合、ニュートンの運動方程式を逆算し、その加速度を生み出すために必要な力をあらかじめ計算してモーターに出力するのです。 この予測された理想の操作量を直接システムに入力することで、システムは誤差の発生を待つことなく、目標値の変動と同時に正確な動きを開始します。逆モデルが現実の物理システムと一致していれば、制御対象は遅れなく、与えられた目標軌道上をなぞるように運動することになります。
二自由度制御系
フィードフォワード制御は、原理的には外乱を相殺し、目標値に遅れなく追従できる制御手法に見えます。しかし現実の物理世界においてフィードフォワード制御単体でシステムを稼働させることは危険であり、事実上不可能です。
理由としては、現実のシステムを正確な数式モデルで表現することは不可能だからです。金属の摩擦係数のわずかな変動、モーターのコイルの温度上昇による抵抗値の変化、あるいは配管内の流体の粘性変化など、数学的にモデル化できない要素や予測不可能な内部パラメータの変動が必ず存在します。
これをモデル化誤差と呼びます。 また、システムに加わるすべての外乱をセンサーで測定することも現実的ではありません。測定されていない外乱が加わったり、逆モデルの計算にわずかでも誤差が含まれていたりした場合、フィードフォワード制御は間違った操作量をシステムに送り続け、結果としてシステムは目標値から大きく外れて暴走してしまいます。フィードフォワード制御は出力結果を見ない開ループ制御であるため、自らの間違いに気づくことができないという弱点を持っています。
このモデル化誤差や未測定の外乱という不確実性を克服するために、現代の制御システムでは必ずフィードバック制御と組み合わせて使用されます。これを二自由度制御系と呼びます。
二自由度制御系においては、目標値に対するおおまかで素早い追従や、測定可能な既知の外乱に対する先回りの相殺をフィードフォワード制御が担当します。そしてモデル化誤差によるわずかなズレや、突発的な未知の外乱によって生じた最終的な出力の誤差を、フィードバック制御が事後処理として微調整し、目標値を収束させます。 予測に基づくスピードと応答性をフィードフォワードが提供し、結果の測定に基づく安定性と正確性をフィードバックが担保するという、二つの制御理論の強みを融合さた制御方法になっています。
高度化する予測制御
フィードフォワード制御の概念はコンピュータの圧倒的な計算能力と結びつくことで、単なる逆モデルの計算から、未来の複数ステップの状態を予測しながら最適な操作量を決定し続けるモデル予測制御といった高度なアルゴリズムへと進化を遂げています。
自動運転車両のステアリング制御はその最たる例です。車両はカメラやレーダーから得られた前方の道路の曲率や障害物の情報を未来の目標値や外乱として取り込みます。そして自車の質量、タイヤの摩擦力学、空気抵抗といった複雑な物理モデルを用いて、数秒先の車両の挙動をコンピュータ内部で高速にシミュレーションします。カーブに差し掛かる前から、あらかじめ遠心力を相殺するようなステアリングの切り角とブレーキの操作量を計算し、車両を先制的に制御することで、人間が運転するような滑らかで安定したコーナリングを実現します。
また、半導体製造装置における精密な温度制御においても、フィードフォワードの力学が不可欠です。シリコンウェハーにプラズマを照射して微細な回路を刻む際、プラズマからの強烈な熱エネルギーがウェハーに加わります。この莫大な熱は最大の温度外乱となりますが、プラズマを発生させるための電力指令値は上位のコントローラが把握しているため、プラズマが照射されるのと全く同じタイミングで、冷却装置の出力を最大化するという予測的な操作が行われます。フィードバック制御の遅れによる数度の温度上昇すら許されないナノメートルスケールの製造プロセスにおいて、この事前相殺のアプローチが最終的な歩留まりを向上させています。

コメント